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 ナガバヤブソテツ Cyrtomium devexiscapulae (2)

 ★ 認識の変遷 ★
 (1)
原記載は,Polystichum devexiscapulae Koidz. (小泉源一,1932)。タイプ標本は済州島産。
 (2)
属を移しオニヤブソテツの変種に落す。Cyrtomium falcatum (L.) C.Presl var. devexiscapulae (Koidz.) Tagawa (田川基二,1934)。
 (3)
1936年,再び独立種。Cyrtomium devexiscapulae (Koidz.) Koidz. & Ching,秦仁昌教授は中国のシダ学者。
 (4)
『原色日本羊歯植物図鑑(田川基二,1959)』で,オニヤブソテツの注(補足)に「キレバヤブソテツ … ナガバヤブソテツ C. devexiscapulae Koidz. は,… ともに区別するほどのことはない。」と記す。田川博士の影響は多分絶大。学名も変種が使われ続けることになる。

 (5)
倉田悟博士によるオニヤブソテツの解説(1963)。『日本のシダ植物図鑑(1987)』から引用する。後半部はオニヤブソテツの変異について。本書の図版がナガバヤブソテツであることに驚く!

「…海浜を離れ山中に自生するものは葉が薄くなり多少光沢が弱まる。特に羽片が幅狭く,基脚がほぼ左右同形のくさび形をなすものをナガバヤブソテツというが,中間型が多くて到底区別はできない。また,羽片の辺縁に著しい突起の出たものをキレバヤブソテツというが,これも色々の程度があって分類学的に認められるべきものではない。」

「オニヤブソテツ羽片は通常鋭鋸歯を有せず,特に先端部は全く全縁であるが,稀には先端部の辺縁に低い少数の鋭鋸歯が出ることがある。また包膜は中央部が広く黒色を呈し,時にはほぼ辺縁まで黒褐色となるが,包膜が全く灰白色で色着かぬものも珍しくない。」

 (6)
『新日本植物誌 シダ篇(中池敏之,1982)』。オニヤブソテツの一型(変種)として〔メモ〕で触れる程度(1992年の改訂増補版では独立種に変更)。

『日本の野生植物 シダ(岩槻邦男,1992)』では,オニヤブソテツの記載の末尾で触れる程度。そして,『Flora of Japan(K. Iwatsuki,1995)』では完全に消えてしまった。

つまり本種は長い間軽視あるいは無視されて来た。今もウェブ上のウィキペディアによると「別種とする判断はあまり認められていない」そうである。

 (7)
よくは分らないが,オニヤブソテツ類が注目され見直しが始ったのは1990年頃からではないか?例えば,『鹿児島県奄美大島におけるオニヤブソテツ(オシダ科)の生殖型,分布,生育地,および外部形態の変化(中池敏之・松本定,1990)』など。

 (8)
『日本列島におけるオニヤブソテツ複合種(オシダ科)の繁殖様式と種分化に関する種生態学的研究(松本定,2003)』は,詳細を極めたもので最終決定版という印象を受けた。やっと,ナガバヤブソテツが種としてのステータスを確立した感じ。

 (9)
『日本産シダ植物標準図鑑(2015年刊行予定)』では独立種として取上げられる。筆者自身がにわかに着目したのは,本書の“分布図草案”を見てから。ナガバヤブソテツという名は知っていたし,山中の渓側などの多少変なのが気になってはいたのだが…。

 ★ 繁殖様式 ★
A1. ヒメオニヤブソテツ ------------ 2倍体有性生殖
A2. ムニンオニヤブソテツ --------- 2倍体有性生殖
B.  オニヤブソテツ ---------------- 3倍体無配生殖
C.  ナガバヤブソテツ -------------- 4倍体有性生殖

これを見ると,A・B・Cは“生物学的種”として独立のように思うし,この事実はB・Cについては1960年代に既に知られていた。何故ナガバヤブソテツが冷遇されたのか?(現在の知識では)外部形態的にも相当な差異があるのに。

無配生殖のオニヤブソテツが多型を極め,種の境界がはっきりしなかったためかもしれない。直ぐにヤブマオ属 Boehmeria のこと(隠岐)を思い出した。両者共に,BはAとCが親として関わる雑種起源と推測されている。Bタイプが人為的な攪乱に強い点も興味深い。
 A.  アカソ(有性)
 B1. メヤブマオ(無配)
 B2. ヤブマオ(無配)
 C.  ニオウヤブマオ(有性)

 ★ 分布 ★
殆ど忘れられていた種なので情報がない。前記「分布図草案」によると,関東以西~九州と分布は広い。ただ,量的には少なくオニヤブソテツの比ではない。それでも隠岐で3メッシュ。決して稀産とは言えない。

 ★ 無配生殖種はなぜ多型か? ★
今思いついた余計なことを付け加える。無配生殖ならクローンばっかりできて変化が生じないように思ってしまう。しかし,クローンの出発(起源)を考えてみたらどうだろう。何処まで遡ってもクローンはクローン,というのは論理的に成立しない。どのクローンも過去のいつかの時点(あるいは現在も)で新たにできたものである。

その原因が雑種であれば,両親の中間のありとあらゆる型が普通に現れる。いつも足して2で割った真ん中,という訳ではない。それら誕生時の雑多なタイプが,クローンで凍結され永遠に続く…。有性生殖のように,混ぜ合さって一定の範囲に収斂するということがない。つまり,現在の多型は出発点の多型の反映。その後の,お互い同士の交雑や,両親との交雑(戻し交雑)もあり得る。

          [⇒ ナガバヤブソテツ(1)]

 ナガバヤブソテツ Cyrtomium devexiscapulae (1)

取り急ぎ「同定篇」。本種の扱いの変遷やヤブソテツ属の生殖等については,(2)で補足することにする。

つい先日数株を見付けたばかりでまだ確定的なことは言えない。ただ,同定結果には自信があるのでその根拠を明示しておきたい。今後もっと観察してより正確にする必要がある。

 (1) オニヤブソテツ群
以下の4種(2種2亜種)を仮にオニヤブソテツ群と言うことにする。まずここに含まれることを確認する。
Cyrtomium falcatum (L. f) C. Presl
 subsp. falcatum       オニヤブソテツ
 subsp. littorale S. Matsumoto  ヒメオニヤブソテツ
 subsp. australe S .Matsumoto  ムニンヤブソテツ
Cyrtomium devexiscapulae (Koidz.) Ching ナガバヤブソテツ

 (a) 頂羽片がはっきりしているのでホソバヤブソテツとミヤジマシダは排除できる。いずれも九州中南部産の特殊なものである。
 (b) 羽片先端部の辺縁は完全に全縁だった。他のヤブソテツ属の種は皆,先端部に鋸歯が出るのでこれが最も重要な判断基準。ただ,ちょっと変った鋸歯で「低くまばら(ただし鋭い)」,最初はとまどう。
 (c) 主観ではあるが,「羽片の中肋が青黒く染まって一本の筋になる」ことがないのも有力な証拠。オニヤブソテツ群以外(ヤブソテツ群)は,色づいた中肋の線がはっきり見える。もっとも,羽片が厚い革質で明瞭な光沢を持つ点からも容易に推測はできる。

そして,ヒメオニヤブソテツとは環境(波しぶきのかかる海辺の岩上)がまるで違い,ムニンヤブソテツは分布(九州西南部・沖縄・小笠原)が大きくずれる。

よって,オニヤブソテツ(狭義)との比較のみが問題となる。オニヤブソテツを否定できればよい。「外形の上からはオニヤブソテツとの差が微妙なものも出て来る」と言われているが,以下の判定基準を適宜使えば,必ず正解を得られるはずである。

最初からあまり神経質になることもないが,ヤブソテツ属は稀に “例外的な型” が現れる事があるという。つまり,一つのキーを絶対と考えると誤る。その他,雑種では?の不安もあるが,雑種はできてもごく稀なようなので初期の段階で出会うことはないだろう。万一出会った場合,胞子の観察という奥の手がある。

 (2) 羽片の形
オニ : 幅は基部付近が一番広い。
ナガバ: 上下辺縁が平行になる部分がある。
 ------- オニヤブソテツははっきり卵形状で,特に葉面中下部で著しい。ナガバヤブソテツはより幅が狭く細長い。はっきり印象が異なり,これで大体分る。

 (3) 羽片基部の形
オニ : 切形に近く,上側が膨らみ耳片(状)になる(いかり肩)。
ナガバ: 広い楔形~円形(なで肩)。
 ------- オニヤブソテツは,基部が中軸を覆い隠すことがしばしば。ナガバヤブソテツでは軸に被さらず,羽柄明瞭ですっきりしている。ただし,最下羽片は肩がふくらむこともある。

 (4) 新葉表面の毛
オニ : 全く無毛。オニヤブソテツ(広義)に限る著しい特徴。
ナガバ: 長さ0.4~0.5mmほどの多細胞の白毛(小鱗片)が点々とつく。
 ------- “裏面”ではないことに注意。“早落性”なので展開直後の葉が望ましい。白毛はまばらで(葉の先端部がより密?),しかも葉面に張り付いているので非常に見えにくい。葉を折り曲げて光線の角度を変え,光らせて見るとよい。実体顕微鏡よりルーペの方が確認しやすかった。確認さえできれば明快な区別点となる。この白毛の実際を前もって知るには,普通のヤブソテツ(ヤブソテツ群)で観察すればよい。

 (5) 胞子の揃い方
オニ : 大きさが不揃いで,明らかに小さいもの(径1/2以下)が混じる。無配(無融合)生殖の特徴。
ナガバ: 大きさ形とも綺麗に揃っている。有性生殖。
 ------- ×30程度の実体顕微鏡があった方がよい。両者ともを観察して比べてみるとよく分る。これも確実な同定方法。

 (6) 胞子嚢中の胞子数
オニ : 32個。
ナガバ: 64個。
 ------- 裂開してない胞子嚢を1個または数個スライドグラスに取りだし,カバーグラスで押潰す。数を数えるには×400程度の顕微鏡が必要だが,倍半分の数なので慣れると実体顕微鏡でも見当がつく。まだ試みてはいないが,そこまでやる必要を感じない。
 【2019.1.15 追記】  「そこまでやる必要を感じない」とは書いたものの,これは一番明瞭な区別点。 “60前後” か “30前後” かの判断は難しくない。

 (7) “Flora of China(中国植物誌)” から
オニ : 包膜に鋸歯が出る。葉柄の鱗片は一様に淡褐色(単色)。
ナガバ: 包膜は全縁。葉柄の鱗片は,中央部が暗褐色で縁が淡い(二色)。
 ------- 検索キーの一部。包膜の差異は十分使える。鱗片の二色性は明瞭ではなかった。

 (8) 葉裏の脈の強さ
オニ : 裏側から見ると突出してよく目立つ。
ナガバ: 脈はあるがあまり目立たない(ただし比較の問題)。
 ------- 新葉でははっきりしないので,よく生長した葉同士で比べること。複数の個体を試すのが良い。光に透かしてみてもよく分ると思う。

 (9) 葉質・葉面
オニ : 分厚くて固くがっちり。羽片が反り返り,かつ波打ち,
     デコボコした葉面。きらめくような光沢が顕著。荒々しい印象。
ナガバ: やや薄く軟らかくてしなやか。羽片は殆ど波打たず,
     揃って一平面状に並ぶ。光沢はあるが強烈ではない。葉面が
     平らでおとなしい印象。
 ------- 多少の変化はあるが,両方の現物で比較すれば明か。

 (10) 羽片の開出角度
オニ : 中軸に直角に広く開出。
ナガバ: 揃って斜上する。特に中軸の上半部で。
 ------- 文献の裏付けはないが,そんな印象を受ける。ただし,例外もあるかもしれない。

 (11) 分布程度
オニ : 普通。至るとこ(沿海域)に大きな群生がある。
ナガバ: 稀。場所は限られ大きく群生もしない。
 ------- これは現時点での推測。しかも隠岐に限って。ある意味これが一番のヒントかもしれない。目の前に沢山あればオニヤブソテツ。なかなか見付からないのがナガバヤブソテツ。もちろん同定したとにはならないが…。

          [⇒ ナガバヤブソテツ(2)]


 【追記 2015.4.22】
最初に見付けたのは海士町東地区で,1ヶ所に数株。今日確認したのが海士町御波地区,1ヶ所に点々と10数株。何処にでもあるわけではなく場所が限られるのかも知れない。いずれも北向きで日当りのよくない環境だった。

展開して間もない新葉の表面がよく観察できたので,その部分を修正・補足した。

 ヒロハヤブソテツ Cyrtomium macrophyllum なるもの

ヒロハヤブソテツらしきものを初めて採集した(2014.5.7)。地元の人も入らない(大蛇が棲んでいるという)陰湿な谷の渓流沿い,岩上の斜面に1株だけ。「沢筋の転石地などに見られ、高い湿度と半陰地を好む。(光田重幸,2002)」とあるが,まさにピッタリの環境だった。全国的にもあまり多くないものだそうである。隠岐では今頃になって初記録,極端に少ないのに違いない。

難しいとされているヤブソテツ類だが,ヤマヤブソテツ C. fortunei var. clivicola 以外のものは明瞭に否定できた。以下,ヤマヤブソテツとの区別のみを考える。しかし,材料は1株だけ,おまけにヤマヤブソテツもよく知らない。主に文献に基づく情報で隔靴掻痒の感があるが,現状での判断の基準を明瞭にしておきたい。同定を疑っている訳ではないのだがかすかな不安がやはりある。

両者の比較ができるように,(1)~(5)それぞれの文献を自分なりに編集した。典型的なヤマヤブソテツは一目で分かるほど違うものだが,時に羽片の数が少なく幅も広いタイプが出るようで,それが問題である。ただ,この “広葉タイプ” の詳しい記載・図・標本写真は見付からなかった。

****** 対照表 ******
        【C】:ヤマヤブソテツ   var. clivicola
        【M】:ヒロハヤブソテツ  var. macrophyllum

   (1) ------------------ [M. Tagawa, 1934]
【C】 羽片は約10対,頂羽片は側羽片より小,葉柄の鱗片は全体に密生する。包膜は鈍歯縁。
  羽片の辺縁には歯牙状の欠刻があり,又小鋸歯もある。
  ・・・ 耳片も大抵発達し,鎌身状に強く曲っている。

【M】 羽片は2~8対,頂羽片は側羽片と同大又はそれより大,葉柄の鱗片は下半に密生する。包膜はほとんど全縁。
  羽片は殆ど全辺又は稍々波状の凹凸あり微鋸歯もある。
  ・・・ 羽片は極めて短い柄があるか又は無柄。基脚は円形又は鈍円形。

   (2) ------------------ [J. Sugimoto, 1979]
【C】 羽片は基部が切形~広楔形で丸味がない。葉柄の鱗片は特に下半部に密生することはない。

【M】 羽片は幅広く基部円くて殆ど全辺か,少し波状歯牙あるのみ。葉柄の鱗片は特に下半部に密生する。

   (3) ------------------ [K. Iwatsuki, 1995]
【C】 側羽片は普通10~15対,幅は通常4cmまで。
  ・・・ 時に5~10対,または15~20対。時に,包膜の縁が不規則に切れ込む。葉の色は淡黄緑。

【M】 側羽片は2~8対,最大幅は4cm以上。
  ・・・ 羽片の基部は円い。包膜は全縁。葉の色は淡緑。

   (4) ------------------ [A. Yamamoto, 2000]
【C】 羽片の数は多く,ふつう10対以上つき,幅が狭い。
  ・・・ 羽片の基部の耳片は,はっきりしていることが多い。
【M】 羽片の数は少なく,多くても10対前後で,幅は広い。
  ・・・ 羽片の基部は丸く,中軸との間にほとんど隙間がない。頂羽片が大きくなることが多い。

   (5) ------------------ [T. Nakaike, 2003]
【C】 羽片には耳片がある。
  ・・・ 羽片の幅は基部から中間部にかけてほぼ平行。
【M】 羽片には耳片がない。
  ・・・ 羽片基部は円形で頂羽片は下部側羽片と同じ大きさ。


****** 観察結果 ******
   ※ ヤマヤブソテツは,推測に基づく “広葉タイプ” を意味する。

(a) 計7枚の葉が着いていて,側羽片の数は以下のようになっていた。小数0.5が付くのは,中軸左右で羽片数が1違う時。5~6が基本数であることが分かる。少なくともこの株に関しては。
 4.5, 4.5, 5, 5.5, 6, 6.5, 7

(b) 側羽片の最大幅は4cmをはっきり越える。しかも最上部の羽片でも3cm以上と広く,葉面の上下であまり差を感じない。一方ヤマヤブソテツの羽片は,上に行くほどどんどん小さくなるような気がする?

(c) 側羽片の基部は丸味が強く(斜円形),決して切形~広楔形ではない。輪郭は長卵状でふっくらとした凸曲線, “中間部で平行” になるようなことはない。

(d) 時に耳片状の膨らみが出る羽片も混じるが, “耳片がある” とは感じない。ヤマヤブソテツは,尖り気味のはっきりした耳片が現れるはずである。

(e) 頂羽片は大きくてよく目立つ。葉頂の1-2対の羽片より幅が広い。

(f) 包膜の縁は殆ど全縁で切れ込みは皆無。

(g) 羽片は柄が短く中軸に接し,被さるようにつく。これは羽片の丸味と共に非常に印象的。今回の採集品に限って言えば,羽片同士も重なり勝ちで葉面が混み合って見える。

(h) 葉面の色は,光沢の全くないくすんだ淡緑色。黄色味は感じられない。

(i) 葉柄下部の鱗片は大きいが上部付近で急にまばらで,小さくなる。一方,少なくともオニヤブソテツやヤブソテツでは徐々に少なく(小さく)なって行き急な感じはない。しかし微妙な差なので,ヤマヤブソテツの現物を探し出して鱗片の状態を比べてみる必要がある。比較は通常(典型)タイプでもいいだろう。

(j) 包膜の中央部が淡褐色に色付いていた。多くの文献で「包膜は灰白色」となっていて,2色になるのは変種ツクシヤブソテツ var. tukusicola の特徴とされる。大分悩んだが,葉形はツクシヤブソテツとは全く異なるので色は変異の範囲内と考えることにした。鋸歯も含め包膜の形質は,それほど安定してないかもしれない。

その後,『Flora of China』を見たら,包膜の色には言及なし。そして,3種類の図版いずれも中央部が黒ずんでいた。中国では変種ツクシヤブソテツを分けてはいないが,少なくとも図版1枚の葉形はツクシヤブソテツのものではない。

以上これといった決め手はないが,取りあえず(b),(c),(d)に注目。

 コバノカナワラビ Arachniodes sporadosora

「やっと分って来た」という気になったので,その事を書いておきたい。本種を初めて知ったのは,まだシダを始めて間もない頃。静岡大の志村義雄教授から直接教わった。もうそれから40年近くになる。「今一つハッキリしない」という不十分感をずっと引きずって来た。長い間何をしていたんだと言われそうだ。原因は以下のような事ではないかと思われる。

 【言い訳】
(1) 初めて出会った個体がやや特別な形なのに,それが典型的でそうでなければならないと思い込んでしまった。最下羽片の下側小羽片が大きくカーブして斜上,羽片が幅広くふっくらとした卵形に見える型である。実は,これにピッタリのものをその後見ていない。最初に抱いたイメージが多少ズレていて,それにこだわり過ぎたようだ。第一印象恐るべし。

(2) 当時シダの参考書と言えば,保育社の田川図鑑がほとんど唯一のもので,葉形の変化の実態が定かではない。しかも,志村先生からは「中間形もあって “ホソバ” との区別が厄介。 “ホソコバ” というのもある」と聞かされていた。最初から, “難しい・無理そう” という思い込みの支配下にあったことになる。しかも,当時は「ホソコバカナワラビが何なのか」分るはずもない。現在でも情報が乏しいのだから。

(3) そして,隠岐には本種が非常に少ない。志村先生の採集は “美田谷(西ノ島)” だったが,それ以外の記録は山本広氏の “焼火山(西ノ島)” と杉村先生の “加茂(西郷)” の2例しかない。他の人達は誰も見ていない。自分の場合も,数年置きにやっと1-2株出会う程度。よく知ろうにも目にする機会が少な過ぎた。

もちろん,自宅の庭に植えたりしてまじめに調べた積りであるが,何しろ普段ほとんど見ないのですぐに印象が薄れてしまう。今回は十分な量のある産地を発見して,一度に数多く見ることができた。他のシダでも経験があるが,数多くの個体を何度も見ているうちに,自然に違いが分ってしまうものだ。言葉による区別ではなく, “感覚” として。1回や2回でダメな時は100回見ればよい。

もう大丈夫とホッとしているが,思えば長い付合いだ。相手が女性なら “腐れ縁” と言うべきところか。本種に対しては,良かった良かったとなでてやりたい気分である。

 【同 定】
ホソバカナワラビ A. exilis との区別だけが問題であろう。隠岐には他に紛らわしいものはない。オニカナワラビ A. caudata は勉強すれば大丈夫と思う。これも数は少ないが,あまり悩んだことはない。

(a) 最下羽片の下側第1小羽片
 ・ホソバ …… これだけが極端に長い。第2(-3)小羽片も多少伸びることもあるが,精々第1の半長程度。
 ・コバ  …… 第1小羽片から徐々になだらかに短くなる。第1・第2間で多少くびれることもあるが,長さに大差はなく, “第1のみ” が大きく突出することはない。

(b) 葉の先端
 ・ホソバ …… 突然羽片が極端に短くなり,葉先に細長い “頂羽片” が付いているように見える。
 ・コバ  …… 徐々に細くなり,とても頂羽片状には見えない。ややくびれる感じになっても, “突然細く” ではない。

(c) 根茎
 ※ これも重要な特徴である(特にホソバカナワラビの)。堀上げなくても,手を突っ込んで引っ張れば簡単に抜けてくる。手が汚れるが,是非一度はやってみたい。
 ・ホソバ …… 1m近くは平気で横に伸び,葉(葉柄)は数cm置きに疎らに並んで出る。
 ・コバ  …… 太くてやや斜上,ごつごつした固まりの感じ。葉は株状に混み合って出る。

(d) 羽片の印象
 ・ホソバ …… 細くて長~く “線” の感じ。
 ・コバ  …… 長三角形状で,下方がハッキリ幅広い。

 【分 布】
隠岐で確認した4種(ホソバ・コバ・オニ・オオ)の中では。本種が最も寒さに弱いようだ。日本海側は島根半島まで,太平洋側では房総半島までに多く,そこから北では急に少なくなる。栃木・群馬県境に例外的な産地があるが,隠岐も緯度的にはほとんど変らない。

北限産地と考えてよく,個体数が少ないのは無理もない。今回見付けた産地は,焼火山(西ノ島)南麓の谷筋で,隠岐で最も暖かそうな場所である。近くの沢にはヌカボシクリハランやヤノネシダも自生する。いずれも北限で隠岐ではここにしかない。

 【雑 種】
“同定” の項で書いた通り,純粋種についてはホソバとコバの差は明瞭である。しかし,カナワラビ類は「雑種を作りやすい」と言われており,今回も微妙な型に数例出会った。ソーラス(胞子嚢群)が小さく萎縮していて,胞子もほとんど飛んでいない。これが雑種の,ホソコバカナワラビ A. × neointermedia (コバノカナワラビ × ホソバカナワラビ)に違いない。

両親種が混生している場所があれば探してみるとよい。前記 (a)~(d) で,どちらとも言えない中間型であれば雑種の可能性が高い。ただし,確定するにはソーラスが熟していることが必要である。

この雑種を,コウラカナワラビ A. × clivorum としている文献もあるが,現在はコウラカナワラビはツルダカナワラビ A. japonica が関係する別の雑種とされている。ツルダカナワラビは隠岐にはあり得ない。

 【シンガメオン】
以下に『カナワラビ属の種分化,特にシンガメオン構造に関する細胞学的・分子遺伝学的解明』(高宮正之 2001~2002)の “研究概要” を転記する。“何故複雑になるか” の解説になっている。

シンガメオン構造(syngameon)とは,複数の種が複雑に交雑し合い(雑種×雑種,雑種×親),しかも雑種が稔性を失わない種群に対して言う言葉。一時カシワとミズナラの雑種(隠岐には多く,モンゴリナラだとされていた)を調べたことがあるが,これがまさにシンガメオンだという。限りなくカシワに近いものから,ミズナラそっくりなものまで連続的に出て来た。当然,母種(両親)と区別不能のものも混じる。

イタチシダやベニシダ類,あるいはイラクサ科のヤブマオ類など,無融合生殖でクローン的に増える超難解な連中を思い出す。これらもシンガメオンであった時代があったのではないか?そうでないと遺伝的多様性が生まれない。或は今も,有性生殖をすることがあるのかもしれない。

幸いシダの場合は,胞子という手掛りがある。シケシダ類同様,まず “雑種かどうか” を確かめてから同定に取りかかるべきだ。隠岐には “種” が少ないので,両親の推定は何とかなりそうな気がする。何もびびることはない。

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 日本産カナワラビ属Arachniodesにおいて種の分化様式について調べるため、二倍体(2n=82)の「種」と「推定雑種」について検討した。
 「種」では減数第一分裂時に正確な41個の二価染色体を形成し、正常な胞子が形成された。胞子の発芽率は、約80〜90%と高かった。
 推定雑種のうち5種では二価染色体が37〜41個と形成率が異常に高かった。これらの胞子の発芽率も20〜50%と高かった。これより、カナワラビ属の推定二倍体雑種の多くは次世代を形成する能力があることが確かめられた。
 稔性を持つ雑種を含む組み合わせから、ホソバカナワラビ、コバノカナワラビ、両者の推定雑種のホソコバカナワラビについて検討した。1種のみから構成される純粋集団を比較した場合、2種の形態は量的形質で明確に区別できた。アロザイム多型分析から、コバノカナワラビとホソバカナワラビの種間の遺伝的距離I=0.7680であり、温帯のシダ植物としては高く、形態的分化に比べて遺伝的分化が低いことが分かった。
 両種が混生する集団からランダムに採集した個体で、形態の量的測定、核マーカーとしてアロザイム分析、葉緑体マーカーとしてtrnW-trnPの遺伝子間領域を用いたSSCP分析を行なった。その結果、形態的に両種の中問を示すものには単純なF_1のみでは無くF_2が存在することが確認できた。
 他の種の組み合わせによる推定中間雑種でも高い稔性を持つことより、カナワラビ属では属全体でシンガメオン構造を持つことがシダ植物として初めて示唆された。
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 オオカナワラビ Arachniodes rhomboidea

学名と和名は『日本維管束植物目録(米倉浩司 2012)』に従う。平凡社の図鑑(岩槻邦男 1992)にある,変種カナワラビ A. amabilis var. fimbriata に相当する。他の2変種,ヤクカナワラビ・オキナワカナワラビも,それぞれ独立種の扱いに変っている。

ただし和名ついては,カナワラビではなく別名のオオカナワラビを使いたい。神奈川県植物誌(山本明 2001)・千葉県植物誌(中池敏之 2003)・新牧野日本植物図鑑(2008)も,そのようになっている。

隠岐のカナワラビ属,今までに知っているのは次の5種である。
 ・ リョウメンシダ A. standishii
 ・ ホソバカナワラビ A. exilis   これら2つはイヤになるほどある。
 ・ コバノカナワラビ A. sporadosora   現在確実な産地は,焼火山麓南
    の一部。
 ・ オニカナワラビ A. caudata   個体数はごく少ないが,結構あちこちで
    見かける。
 ・ カワヅカナワラビ A. x kenzo-satakei
    雑種(コバノカナワラビ × リョウメンシダ)。海士町の知々井岬で採集,
    志村義雄教授(静岡大)の同定を得たが,今は消滅。

カナワラビ類の新発見(自分にとって)は,実に30年振りということになる。場所は海士町保々見(イモグ)の谷。杉林の中に “1株だけ” あった。大昔は一帯が棚田だったと思われる。過去には丸山先生の「島根半島 ○,隠岐 ○」があるだけで,他の人は誰も記録していない。杉村先生は「出雲に稀産,石見部ではやや稀産。隠岐での分布は不明。」としている。

『日本のシダ植物図鑑』を見たら,本州の日本海側では福井県の若狭湾まで分布,しかし非常に稀である。太平洋側には産地が多いが,関東に来るとやはり少ない。北限は茨城県北茨城市であるが,その後能登半島の七尾湾で発見されている。現在はここが突出した(例外的な)北限自生地であろう。いずれにしても,隠岐と同緯度の地域では個体数が極端に少なく,福井・石川・埼玉各県ではレッドデータ種。島根県本土側(松江市・太田市)にあるのと,隠岐にあるのとでは,その意味が異なると言ってよい。

カナワラビ類は,シダ入門時の初期に苦労したので,難しいという先入観がある。今回も一目で「何か違う」とは思ったのだが,「ホソバカナワラビの一型か?」とすぐ弱気になった。葉を1枚しぶしぶ持ち帰ったものの,期待はゼロ。ただ一点, “ソーラスが極端に辺縁寄りについている” ことだけが頼りだった。こんなに速く,明快な同定ができるとは!

次の2つの条件を満たしていれば,オオカナワラビと確定できる。
(1) 葉身は2回羽状複生。ただし,羽片基部から出る長い小羽片は除いて。
  …… つまり,切れ込み方が一回少ない。他には,オニカナワラビや
     ハカタシダも2回。

(2) ソーラスは辺縁近くにつく。中間寄りではなくはっきり葉縁。
  …… 小羽片(最終裂片)が広いので非常によく目立つ。他の種では中間寄り,
     またはごちゃごちゃ混み合って不明瞭。

実は,次の1つだけでも断定してよい。
(3) 包膜の縁に顕著な突起または長い毛がある。
  …… ホソバカナワラビとコバノカナワラビは綺麗な全縁。オニカナワラビが波状
      縁で多少デコボコ。今回の採集品は包膜の上にも毛の出る型だった。

遠くから「ホソバカナワラビではない」と見分けるには, “群生しない・広がらない” ことを確かめればよい。根茎が短いので, “株状” に固まって葉が出る。つまり株が単独・孤立的で叢生することがない。また,近寄って見た感じは“羽片間の隙間が広く疎ら” だった。これらの傾向は,ハカタシダ A. simplicior でより明白である。なお今回,オオカナワラビよりハカタシダの方が普通種で分布も広いことを知った。隠岐にも確実な記録がある。今まで諦めていたが…。とにかく,群生状に広がってはいない,株状に孤立的な,カナワラビ類は要注意。

葉の形や葉質については,文献によって書いてあることが妙に異なる。ネット上の写真も色々ある。成長状態(大小)による葉形の変化があるようだ。しかしながら,上の3つを確かめれば何も心配しなくてよい。ただし, “雑種” ができるそうなので,その問題だけは気をつけた方がよい。胞子の熟す頃もう一度行くことにする。雑種と混同していたら悲惨だ。


 【追記 2013.7.13】
2週間経ったので,ソーラス(胞子嚢群)の様子を見に行って来た。どうも “雑種” と考えるしかない。胞子嚢は萎縮した小さなものが多く,まともに育っていない。もちろん裂開して胞子を飛ばしている胞子嚢も混じっているが,そんなに多くはない。胞子を検鏡してみたら,形は比較的揃っていたが(角張った欠けらのようなものはない)大小差が大きい。小さな球形のものや,その2倍以上大きい(楕円体)ものがかなり含まれている。胞子嚢の裂開状況と胞子の揃い方を,ホソバカナワラビと比較してみたが,確かに差がある。

本体はオオカナワラビそっくりなので,以下のいずれかということになる。
 テンリュウカナワラビ A. × kurosawae Shimura et Sa.Kurata
                (= オオカナワラビ × コバノカナワラビ)
 テンリュウカナモドキ A. × akiyoshiensis Nkaike
                (= オオカナワラビ × ホソバカナワラビ)
雑種に関する情報が少なくて,どちらであるのか検討のしようがない。取りあえず,より普産種と思われるテンリュウカナワラビと考えておくことにする。

今回の採集品は,下向き小羽片の複数(第1~第3)が顕著に発達し,しかも最下羽片だけでなくその上の羽片でも同様に巨大化している。これをテンリュウカナワラビの特徴の一つにする人もいる。実はこの点だけは,あまりオオカナワラビ的でないと引っかかっていた。各種文献で見るオオカナワラビの第1小羽片の発達(大型化)は控えめで,中には全く発達しないものもある。

なお,現地付近にはオオカナワラビもコバノカナワラビもない(ホソバカナワラビは何処にでもある)。両親がそばになくて,その雑種のみがあるという状況はあり得ることである。テンリュウカナワラビについてもそういう情報がある。しかし,普通のことではないかもしれない。いずれにしても,この雑種は最近できたものではない。大昔にできた雑種のみが生残っているのであろう(根茎による栄養繁殖+雑種強勢)。捜してみたら,5mほど離れてもう一株だけあった。


 【追記 2013.8.11】
やはり気になるので,現地へ再度行ってみた(8/5)。初めて出会った種はしつこく追求した方がよい。付近を丁寧に探し,数mおきに計5株を見付けることができた。「雑種だけが5株ある」というのはかなり不自然に思える。前回とは別の2株から標本を持帰った。

ソーラスは正常で,全てに胞子嚢がぎっしり詰っており,胞子も大量に飛んでいる。胞子の大きさ・形とも揃っていて “不整” ではない。ソーラスが乾燥して来ると,環帯(胞子嚢の外皮)がはじけて反り返り,胞子をばらまく。その後すぐに,空になった環帯は丸まって元に戻る。つまり,胞子の詰った黒光りの胞子嚢が,突如すけすけの抜殻に変る。環帯というバネ仕掛が一瞬で “伸びて縮む” とは知らなかった。その変化を,実体顕微鏡下でリアルタイムに観察することができる。肉眼でも何とか見えるが。

少なくとも2株はオオカナワラビ,1株が雑種であることが判った。これは願ってもない事態だ。親と子を,生きた現物で比較することができる。テンリュウカナワラビかテンリュウカナモドキかの推測も可能かもしれない。


 【追記 2015.9.30】
この雑種はテンリュウカナワラビ A. × kurosawae で正解だった。『日本産シダ植物標準図鑑(近刊)』の “分布図草案第14集” による。タイプ産地は静岡県天竜市。
プロフィール

T.Tango

Author:T.Tango
 丹後 亜興 (隠岐郡海士町)
   tttt@tx.miracle.ne.jp
 
 フィールドは隠岐に限られますが植物歴40数年。ブログの目的は「植物を調べている隠岐の人」への情報提供です。しかし外部の方の参考にもなるよう,汎用性のある記述を心がけます。
 地元密着型の軽めの記事(日記)も,「隠岐版」と断って混ぜることにします。
 質問や地元の植物ニュースは歓迎です。

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