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 オオキツネノカミソリ Lycoris sanguinea var. kiushiana

今までは全部キツネノカミソリだと思い込んでいた。今年になって大慌てで調べたばかり,ブログに書くのは早過ぎる気もするが…。

調査地地点は,西ノ島町(小向・美田尻・高崎山),海士町(日ノ津),知夫村(赤禿山),の5ヶ所のみ。島後地区は2枚の写真(野津大・宮本秀永の両氏)での判断に過ぎない。

結果は,知夫の赤禿山(頂上付近と山麓)だけがオオキツネノカミソリで,他はすべて明瞭にキツネノカミソリだった。判断に悩むような個体には出会っていない。

キツネノカミソリは全国(北海道を除く)に分布する日本固有種であるが,オオキツネノカミソリの方は多少南にずれ,関東以西~九州まで。そして,隠岐は北限自生地の可能性がある。

知り得た範囲では,日本海側は福井県(丹生郡越前町)までで “知夫より南” ,最も北は群馬県(妙義山)で “五箇と同緯度” 。隠岐諸島が “北限” という認識でよいことにする。 “真の北限” なぞ,誰にも(何時になっても)判らないのだし。

量(個体数)については,関東地方でも「埼玉:有り,茨城・栃木・千葉:無し,群馬:稀,東京:Ⅱ類,神奈川:Ⅰ類」とごく稀。東海以西でもあまり多くはないように思える。特に中国5県では,岡山県を除けば普通種とは言えない。鳥取県は準絶滅危惧にしているし,島根県でも確実な記録は目にしていない。

ネット上などで,母種キツネノカミソリ var. sanguinea との “区別が難しい” としている人もいるが,その事を強調するのはどうかなと思う。中間型(恐らく雑種)が現れたとしても,それは頻度の問題である。 “稀に” 同定不能なタイプが出て来るのは,他の種群でもよくある話である(例えばサクラ)。まずは典型的な標準品をきちんと認識するのが先決,例外の中間型はペンディングしておいてよい。

両変種の比較対照。《 》内がキツネノカミソリ。
 (1) 葉はより幅広く : 10-15mm  《8-12mm》
 (2) 花被片の長さ : 7-9cm  《5-8cm》
 (3) 花被片の反り : 明瞭に反り返る  《あまり反らない》
 (4) 雄蕊は花被片より : 長くて,花外へ明瞭に突き出る  《短いかほぼ同長》
 (5) 小花柄は長く : 8cmまで  《2-6cm》
 (6) 花期は早く : 7月  《8月》

⇒ (1) 「10-13mm  《8-10mm》」とする文献もある。10mmが境界値。
⇒ (2) 数値以上に,一目で大きさの差を感じる。
⇒ (3) キツネノカミソリも反る事はあるが,後ろへ巻く感じはない。
⇒ (4) これが一番分かり易く確実。花を横から見て, “花糸” が大きく突き出る。
    (3)-(4) はネット上の画像が参考になる。但し,時には同定ミスもある。
⇒ (5) 調べていない。
⇒ (6) 場所や日照条件で多少の差は出るが,隠岐島前地区の最盛期は
    「7月中旬  《7月下旬》」

こうして書き上げると微妙で厄介そうであるが,現物を見れば直ぐに解決する。つまり,両者を “見比べる” ことができれば。隠岐の人は(少なくとも植物をやっている),7月半ばに赤禿山に登り自分の目で直に見るべきであろう。頂上手前の道路際に群生地がある。

キツネノカミソリを初めて知ったのは40数年昔,それ以来一度も疑ったことはなかった。今回にわかに注目したのは,西ノ島の山奥で大群生地帯に出くわし興奮したためである。そしてネットを検索,オオキツネノカミソリの存在を知り,図鑑にもちゃんと記述があることに気付いた。

なお,キツネノカミソリは集落内の水田近くのもので,しかもあまり大量にはない,という先入見は正確さに欠けていた。西ノ島の自生地の1つはほとんど人の入らない谷筋で,延々1km以上続いている。異様な光景で満開時を見てみたい。

シロウマアサツキ Allium schoenoprasum var. orientale

この種に初めて出会ってから30年以上になるが,ずっと「本当のことなんだろうか?…」という思いが払拭できずにいた。何しろ,シロウマは北アルプスの白馬岳を意味する。「図鑑に従うとシロウマアサツキになりますが…」と木村(康信)先生に訊ねたら「丸山(巌)さんもそう言っています」という返事だった。それ以上話が弾まなかったのは,氏も疑念があったためだろうか。

同定は雄蕊の長さだけの問題で難しい点はない。ただ,中部地方の高山の植物が,隠岐の海岸に出て来るんだろうか。入門段階の素人に信じられないのも無理はない。疑うのが正常な感覚であろう。今は知っている人も多く(情報化社会らしい),バスガイドまでシロウマアサツキと言っている。しかし,私の場合は「…と言われている」程度の言い方しかできなかった。もちろん謙遜したわけではなく文字通りの意味で。終には, “シロウマアサツキそっくりのアサツキ var. foliosum の一型” ということもあり得る,と考えてみたりもした。

長い間そのままの鬱陶しい状態が続いたが,ブレイクスルーとなったのは次の報告だった。

日本植物分類学会誌『分類』 Vol. 8 - No.2(2008年8月)
  筆者は京都の「亀岡植物誌研究会」代表津軽俊介氏。
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…本変種はアサツキに似て花糸が花被片と同長となるもので,京都府北部に点在することが明らかとなりました(2006.6.26 京都府宮津市木子)。発見のきっかけは,宮津市在住で,熱心に地元の植物を研究している人が,村田先生に生植物を送り名を問うたことによります。あまりにも分布がかけ離れているため,村田先生は一度の現地調査を含め2年間にわたる検討の末,シロウマアサツキに辿り着いたということであります。これはまだ公に発表されていませんが,西日本初の発見でありましょう。…おそらく,氷河期のレリックと考えられるものですが,これが丹後一帯にどのような分布をしているのか,今年の課題として調査をしなければなりません。…
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  (※ レリック: relict 生き残り,遺存種)

村田源さんが2年。これ以上はないという結末で,何も言うことはない。この日から晴れて「シロウマアサツキです」と断言できるようになった。しかし,同定が信頼できるということと,特異な分布が腑に落ちる,というのは別のことである。このもどかしさは, “中部以北” の “以北” に気付いて多分に解消した。今までは和名に囚われて,白馬岳付近にしか産しないと思い込んでいたのだ。つまり「隠岐と白馬岳のみ」,これではあまりにも特殊過ぎる。

実は “中部以北” なら他にも結構例がある。分布状況が酷似して見えるのがシウリザクラ Pasus ssiori (昨年40年振りに再発見)。先日触れたニッコウキスゲも本質的には “中部以北” で,シウリザクラ同様に中継地(?)が京都府なのが面白い。ただこの2つの遺存種と大きく異なる点は,やたらと元気がよくとても生残り組には見えないことである。島によって粗密はあるが隠岐四島に広く分布し,主に海岸付近の自然草地や岩場で普通に見られる。

北日本の分布状況を調べてみた。まず図鑑の記載から。国外の分布は「樺太・朝鮮・シベリア東部」。保育社の図鑑の記述がよさそうな気がするが,平凡社版の方が正確かもしれない。しかしよく見たら, “以北” が抜けている。これはひどい!
 ・大井植物誌: 「本州(中部地方)の高山帯に生える」
 ・北隆館図鑑: 「本州中部から東北地方の日の当る地に生える」
 ・保育社図鑑: 「本州(中部地方以北)・北海道」
 ・平凡社図鑑: 「本州(白馬岳・飯豊山・朝日連峰)・北海道」

 【東北地方】
岩手県と宮城県を除いて全県に記録がある。ただし,青森・秋田・福島ではレッドデータ。
 〔青森〕
「産地が限られ個体数が少ない。高山性であるが山地にみられる点で貴重である。…県内では白神山地に産する。岩場の岩隙や草地に生える。」
 〔秋田〕
「内陸部の岸壁…分布限定,個体数希少」
 〔福島〕
「飯豊連峰と尾瀬の燧ヶ岳の一部にしか自生していない。もともと自生数が少ない。」


 【中部地方】
 以下情報の得られた県のみ(△:少ない,●:レッドデータ,×:なし)
〔新潟〕●,〔富山〕△,石川×,福井×
〔長野〕●,〔山梨〕△,〔静岡〕×
本家の長野県で絶滅危惧種になっていて驚いた。「長野県植物誌」には標本が3点引用されているが,標高の分る2点はそれぞれ,900~1,150m ,1,700~2,000m。富山県は長野県境の白馬連山,県を分けることにほとんど意味はない。山梨県も駒ヶ岳等南アルプスの高山帯に稀。

 【関東地方】
群馬県がレッドデータ。東京都のことは分らないが,その他の県には自生しない。

 【西日本】
3地点のみに例外的に隔離分布。いずれも正式な発表はされていないかもしれない。
 (1) 京都府北部,(2) 隠岐諸島,(3) 対馬

“対馬” には本当に驚いた。「長崎県レッドデータブック(2001年版)」に曰く。
---------------------------------
絶滅危惧ⅠA類

…今まで本州中部以西での記録はなかったが,今回九州の唯一の産地として,本県対馬から記録するものである。
…本種の対馬での自生地は今まで2箇所あったが,1箇所は植林のために絶滅してしまったので,1箇所のみ自生していることになる。海岸よりやや入った山地麓の草地に群生が残るだけで,絶滅が心配される。(邑上益朗)
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過去の「長崎県植物誌(外山三郎,1980)」に記録がないので,長い間気付かれなかったものに違いない。

これら西日本の産地,中部以北の高山とは随分環境が違う。両者は種として同一であっても,全く同じものではないのかもしれない。

なお,シロウマアサツキの自生がある地には,ほとんどの場合同時にアサツキも分布している。島根県の場合,本土側にはアサツキが稀にあるらしい。アサツキは全国に分布する普通種である。

 【追記】  2013.6.17

岡山県倉敷市の「重井薬用植物園」のホームページに,注目すべき記述があった。

「日本のどの図鑑も,雄しべは花弁より短く,1/2~2/3となっていますが当園に栽培しているアサツキの雄しべは,花弁とほぼ同長です。…雄しべが花弁と同長なのはシブツアサツキとシロウマアサツキです。ちなみに当園のアサツキは岡山県北の石灰岩地帯のもので,1977年(昭和52年)から栽培しているものです。氷ノ山のものも同長のようです。…」

石灰岩地帯という特殊な環境は他の植物の進出が制限されるので,遺存植物の残りやすい環境である。氷ノ山についても,あって不思議はないように思われる。
それぞれ,『岡山県野生生物目録2009』や『兵庫県産維管束植物』(1999~2009)には,出ていないが。

なお,隠岐と西日本の他の地域では少し事情が違うのではかろうか?隠岐では海岸から山地まで,全島に広く分布する普通種で個体数も多い。他の地域の場合は,一部の限られた場所や特殊な環境に,わずかに生残っているだけという印象を受ける。もしそうであるなら,隠岐のものは生態型(エコタイプ)としての分化が,相当進んでいると考えられる。つまり同一種ではあっても,隠岐のものを白馬岳に植えても生育できず,その逆もまた真。


 【追記】  2016.7.30
最近刊行の2書では,分布の記載に“近畿以西”も加わった。

「北海道・本州(中部以北・近畿北部・隠岐),サハリン・朝鮮半島・シベリア東部」
  …… (布施静香 2015)『改訂新版 日本の野生植物(平凡社)』

「Hokkaidou and Honshuu. On rocks and in gravelly areas; subalpine zone; on rocks and grassy slopes along seaside (Kyouto and Shimane Pref.). Russia (E. Siberia, Sakhalin), Korea.」
  …… (Hiroshi Takahashi 2016) 『Flora of Japan Ⅳb (講談社)』

なお,ネット上の情報に拠ると,島根半島の一部(海辺)にも自生がある。そして,兵庫県中・北部には多くの産地があり隠岐と似た状況のようである。

プロフィール

T.Tango

Author:T.Tango
 丹後 亜興 (隠岐郡海士町)
   tttt@tx.miracle.ne.jp
 
 フィールドは隠岐に限られますが植物歴40数年。ブログの目的は「植物を調べている隠岐の人」への情報提供です。しかし外部の方の参考にもなるよう,汎用性のある記述を心がけます。
 地元密着型の軽めの記事(日記)も,「隠岐版」と断って混ぜることにします。
 質問や地元の植物ニュースは歓迎です。

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