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タチヤナギ  Salix triandra

### 隠岐版 ###    
   [分布]
 普通種だそうであるが,隠岐では少ない。隠岐で一般の人の目に入るのは,ネコヤナギとオオタチヤナギ,そして植栽種のシダレヤナギくらいのもの。
 何故か過去の記録がなく,島後東郷産の標本が1点(杉村喜則,1986)残るのみ。
 筆者も,西郷今津・中村元屋・五箇大峯山の3ヶ所(3集団)でしか見ていない。細かく言えば,今津の他の場所(1~2株)と西田の休耕田(1株)にもある。

  [生育地]
 浅く水を被るような濡れた泥を好む。上記3地点はいずれも溜池の遠浅の岸。そして密に群生するのも特徴の一つか?。

  [樹形]
 大低木~小高木。低木のネコヤナギや高木のオオタチヤナギとは明らかに見かけが違う。タチヤナギ(立柳)の名前通り,主幹が直線的に立ち並び,枝も鋭角的にスッと斜上する(特に若木で)。大きな成木の場合も、枝の上半部にその傾向(ねじ曲がらない)が見られる。
 稀に,高さ1m程度の藪状(例えばネコヤナギ)になることもあるが,これは乾燥気味の立地での成長不良によるものと思われる。

  [花]
 ヤナギ類の初回の同定は,花がないと不可能でルーペも必須で厄介だが,本種には著しい特徴があるのでアッと言う間に確信が持てる。
 雄花に “雄蕊が3本” あって,こんなヤナギは他にない!からである。しかも隠岐にあるのはほとんどが雄木。
 雌花にも子房に長い柄があるというよい特徴がある。
 「まれに雌雄同居の両性花序も形成する」と図鑑に書いてあった。この例には一度出会ってビックリしたことがある。これも有力な情報かもしれない。

  [葉]
 葉だけを使っての検索は諦めた方がよいだろう。最近の研究で一応 “検索表” はできているが,差異が微妙で初心者向きではない。
 ただ,若葉の中ほどが赤褐色を帯びる(上部・下部は緑)のは一つの手掛かり。こんな葉が見付かればタチヤナギを疑ってよい。かつ,赤色の色素に縁があるようで,小枝や葉柄も成熟すると赤味を帯びる傾向がある。しかし,オオタチヤナギの新芽もしばしば薄赤く(黄色味)なるので要注意。
 葉形はオオタチヤナギに似ていて間違い易いが,本種は長楕円状(帯状)でオオタチヤナギのように細く長く鋭尖(披針状)はしない。
 また,・鋸歯の先端が “顕著な腺” になる,・葉柄にも腺が出る,のもちょっとした手掛かり。

  [托葉]
 わざわざ托葉に言及することもないのだが,本種には特異な特徴があってこんなのは他に例がない(多分)。托葉の表面に “突起状の腺が密布”する。ルーペで確認すれば 驚くこと請け合い。疣がぎっしりで気持ち悪い。
 なお,ヤナギの托葉は枝によって出たり出なかったり,早落性ですぐ落ちてしまったり。枝(シュート)を取り替え丁寧に探さなければならない。図鑑によって,托葉は “宿存性” となっていたり “早落性” となっていたり??。筆者は両方の例に出会ったが早落性が圧倒的に多い。従って,萌え出たばかりの若い枝の先端部を見るとよい。

  [樹皮]
 「他のヤナギと違い縦には割れず,薄片状に反り返り剥がれる。」という。樹皮は通常参考にする程度だが,本種はユニークな特徴が多くてありがたい。全く縦に割れ目が入らないのは一目瞭然だけど,直系10cm以上の成木を見付ける必要はある。もし見付かればこの一点だけでも同定可!

  [雑種]
 「発見されていない」そうである。ヤナギは雑種を作りやすいので,これも役立つ情報。一応は雑種を疑わなくてよい。

 ヨシノヤナギ Salix yoshinoi か?

ヤナギを調べ始めてから今年で5年目。隠岐の状況は以下のようになった。

 〔確認種〕
マルバヤナギ S. chaenomeloides  ごく稀(1ヶ所)
タチヤナギ S. triandra  稀(3)
オオタチヤナギ S. pierotii  普通
イヌコリヤナギ S. integra  ごく稀(2)
ワケノカワヤナギ S. × mictostemon  稀(5)
ネコヤナギ S. gracilistyla  普通

 〔過去の記録のみ〕
ジャヤナギ S. eriocarpa
カワヤナギ S. miyabeana ssp. gymnolepis

 〔植栽品〕
*シダレヤナギ S. babylonica
*ウンリュウヤナギ S. matsudana cv. Tortuosa
*イヌコリヤナギ 
*コリヤナギ S. koriyanagi
*ヤマヤナギ S. sieboldiana
*フリソデヤナギ S. × leucopithecia

そしてこの〔不明種〕,海士町中里地区の溜池の中に2本(♀)だけある(発見:2012.11.29)。 高さは4mほど,“葉が小さく細い” のが何よりの特徴。枝は細くて柔らかに混み合い,なよなよと女性的な感じがする。

ヨシノヤナギでないとすれば, “雌花” の特徴からシロヤナギ S. dolichostyla ssp. dolichostyla 又はその亜種コゴメヤナギ S. dolichostyla ssp. serissifolia 以外は考えられないが次のような矛盾がある。

なお,花穂は開化し終って柱頭が黒ずみ始める段階で観察した。更に成熟が進むと花穂が伸張し,子房も大きくなるので。

(1) 雌花穂の長さが約1.3cm。
    -----> シロヤナギは約3cm。
(2) 子房は先端部を除き長毛が密生する。
    -----> コゴメヤナギは基部にのみ微毛があるか又は無毛。
(3) 花柱は明瞭で,柱頭(両側に反り返る)とほぼ等長。
    -----> シロヤナギ・コゴメヤナギとも花柱は殆どなく,柱頭の方がはっきり長い。

以上からヨシノヤナギという結論にせざるを得ない。それでよいとも思ったが,やや不満な点(数値の微妙なずれ等)があるので,それを書いておく積りであった。決定的な矛盾があったわけではない。ところが,今になって腺体2個の雌花が混じっている花穂が見付かった。時々背腺体が発達するのはシロヤナギに限る特徴のようである!

以前から疑っていたことであるが,雑種の可能性も考えられる。雑種なら素人はお手上げである。雑種を解説した文献はまずないし,そもそもまだ記載されていない可能性さえある。雑種であるかどうかの判断も,外部形体からは “推測” に拠る他ない。しばらく休戦。スッキリするのは何時になることやら…。気を永~く持つことにする。

 【追記 2015.4.9】
ヤナギ類の記載は著者によって微妙に違っている事がある。上記の3種について形質の一覧(対照)表を作るべく,基本的な4つの文献を丁寧に読んでいた。
  ※ 以下,和名は狭義。

『Flora of Japan (H. Ohashi, 2006)』のヨシノヤナギの記載中,「雌花の腺体は1,稀に2(背腺体と)」という部分に気付いた。知らなかった!他の文献は皆「腺体は1」となっている。

今後は「“時々”腺体2がシロヤナギ,“ごく稀に”腺体2がヨシノヤナギ」と見なすことにする。前回,腺体2の雌花を高い頻度で含む花穂にぶつかり,「雑種かぁ~」と落込んでブログを中断したがこれでまた元気が出て来た。むしろ,ヨシノヤナギである可能性が高まったような気がする。

実は前回中断後,「どの程度のものか」と10数個の花穂を調べてみたのだが,そんな例は結局2個しか見付からなかった。そして,ヤナギの花に時に現れる単なる例外では?と無視しようとしていたところだった。

突然光が見えてきたので,候補が本当に上記3種に限られるかどうか再チェックしてみた。ついでに「隠岐版検索表」もより精密なものに直した。
          [⇒ ヤナギ属の検索表 (隠岐版)]

ヨシノヤナギで不安に感じていた点も,点検し直したらそれほど大きなものではなかった。[ ]内は標準値。
 (a) 雌花穂の長さが±1.3cmとやや長い。 [1~1.2cm]
 (b) 花柱の長さが±0.4mmと短い。 [0.5-0.8mm]
種内変異の範囲と考えることにする。少なくとも雑種を疑うほどの差異とも思えない。

念の為に『Flora of Japan』にリストアップされた雑種40種類に当ってみたが,ヨシノヤナギが関係するものはなかった。唯一シロヤナギ×シダレヤナギがあったがこれは考えなくてよいだろう。

まだ成葉でのチェックが不完全だが,雌花については一段落したと思う。ついでに,奇妙な特徴をメモしておくことにする。

開花の各段階(蕾~果実)を点検するため,何度も枝の “水挿し” をやって来た。ところが,このヤナギは極めて水揚げが悪い。一日も持たないで萎れ,花穂や葉が垂れ下がる。他のヤナギとは全く事情が違う。他のは皆元気一杯,花瓶の中に根を張り巡らせる。恐らくこの2本の個体に限った生態変異であろう。種としての特徴とは考えにくい。

 【追記 2015.4.30】
西日本で初めてシロヤナギを発見された(2000?)片山久氏の,『岡山県産ヤナギ科植物Ⅰ』(2004)にある検索表を抄出する。雌花穂に関して。

G1 受粉後の穂は25mm以上に伸張する・・・・・・・・・シロヤナギ
G2 受粉後の穂は伸張しても20mmまでである
 H1 葉は両面とも黄緑色,子房は無毛・・・・・・・・・コゴメヤナギ
 H2 葉の上面は緑色,下面は淡緑色,子房は多毛・・・・ヨシノヤナギ
 H3 葉の上面は濃緑色,下面は粉白色,子房は少毛・・・ウラジロヨシノヤナギ

開花を見てから20日以上過ぎたので,花穂の伸び具合を見に行って来た。実測値は最大でも19mm,1.5倍の長さになっていた。

子房ははっきり “多毛” ,葉の下面は “粉白” でもないので,ヨシノヤナギと見なすことにする。

 ワケノカワヤナギ Salix × mictostemon Kimura

※ 以下は地元誌の原稿として書いたものだが,隠岐以外の人の目に触れる機会が少ないので,ここにアップする。情報が皆無に近いワケノカワヤナギのために。樹形写真は省略。ブログの引用部分は再掲。

「和気の川柳」は,岡山県和気郡熊山村の吉井川流域をタイプ産地として,大正15年に新記載された。昭和5年の『岡山県内生物目録』には記録されているが,その後長い間絶滅したものと考えられていたという。やっと最近になって再発見されたが(1999~2002),まだごく一部のヤナギ研究者にしか知られていない。実に70年近く,所在不明または忘れ去られていたことになる。分類の難しさ故に,ヤナギ類に取組む人が少ないこともその一因であろう。

ところが,そのヤナギが隠岐にも自生していることが確認された(2013)。たった2地点で個体数もわずか,近い将来の絶滅も心配されるのでその現状を記録しておきたい。

 1. 隠岐での分布
昨年から今年(2013)の2年間,ヤナギを捜して隠岐全域を歩いて回った。主な場所は一応チェックした積りであるが,本種には以下の2ヶ所でしか出会わなかった。ヤナギには雄木と雌木があるのだが,両所とも雄木ばかりである。
 (a) 隠岐神社横の川原(海士町中里)  -------- 流れの中の沼地に大木があったが大風で倒れ,その周辺に若木が数本育っている。
 (b) 小国賀の浜(西ノ島町浦郷)  -------- 砂浜に小さな流れがあり,その近くに幼木が2-3本。

隠岐に普通に見られるヤナギはオオタチヤナギとネコヤナギばかり,その他のヤナギはあっても局所的で本数もごく少ない。すべてが “絶滅危惧” の状態で,消滅の恐怖が現実のものとなっている。上記の2地点は今年から,筆者にとって“特別な場所”となった。

 2. 確認までの経緯
図鑑の “検索表” をたどっていて,「カワヤナギ,又はエゾノカワヤナギ」の所で行き詰って先へ進めなくなった。そこまでは必然なので,この2つの内どちらかとせざるを得ない。しかし,どちらとも微妙に違う。ピッタリではない。ということは,この検索表から漏れているということか。つまり新種?

いくら何でも,日本の低山地の樹木でそんな事態は起こり得ない。隠岐は北海道ではないので,エゾノカワヤナギ(北海道固有)があるはずはない。ならばカワヤナギにしてしまえとも思ったが,どちらかというとエゾノカワヤナギにより近い。困った,不思議だ,と長く悩んだ末に,やっと“雑種”の可能性に気付いた。確かに雑種も含めた “検索表” はない。図鑑類には雑種の検索表はおろか説明もなく,よくても解説欄の末尾に名前が羅列される程度。

だから雑種と推測できても事が簡単になるわけではない。しかし突然,『岡山県版レッドデータブック』に雑種ワケノカワヤナギが登載されていたのを思い出した。以前に読んだことがあったらしい。名前からしてカワヤナギに近いもののようなので,一縷の望みをかけた。執筆者は岡山県のヤナギ研究家,片山久氏である。幸運だったと思う。この “気付き” がなければ,何時までも訳の分らないままで終っていたことだろう。

隠岐神社横のヤナギについて,特徴を10個ほど挙げてメールで教えを乞うた。ひょっとしたらという程度の期待だったが,「これらの特徴は,ワケノカワヤナギそのものです」という回答を頂いた。添付されていた岡山県産の雄花の写真ともピッタリ一致する。名前が明らかになった瞬間は,植物をやっている者にとって至福の時である。

更に確実を期すために,“花付きの生きた”枝も送り見て頂いた。ヤナギの同定には花が絶対に必要で,花に基づかない判断は信頼性が薄い。「まさにこれがワケノカワヤナギです」との返信。なお,標本は片山さんのご尽力で倉敷市立自然史博物館に収蔵された。隠岐に自生することの証拠標本となる。

 3. 学名・雑種
現在の学名は Salix × mictostemon Kimura で,ジャヤナギとカワヤナギの雑種と推定されている。原記載は独立種となっているが,何時誰が雑種だということにしたのか?

『日本のヤナギ科』(“Saliaceae of Japan” H. Ohashi, 2001) から逆にたどると,どうも『日本樹木総検索誌』(杉本順一,1961)が初出のようである。そこには,以下のようになっていた。

「S. × microstemon Kimura ワケノカワヤナギ 間種(カワヤナギ × ジャヤナギ?).
   [産]本(岡山).---川畔.」

片親ジャヤナギ S. eriocarpa については,当時オオタチヤナギ S. pierotii という種概念がなくジャヤナギと同一視されていたことを考慮すべきである。今なら,より普通に分布し日本在来種でもあるオオタチヤナギと考えるべきではないか?その方が自然な推定だと思う。更に付言すれば,隠岐にはオオタチヤナギはありふれているが,ジャヤナギの確実な記録はない。

なお,種小名micto(混じった) と micro(小さな)の混乱は当初から続いていたが,micto が正しい。stemon は雄蘂の意味。

ワケノカワヤナギが発表されたのが,ヤナギ科の分類を大成された木村有香博士26歳の時,そして平凡社の図鑑のヤナギ科を執筆されたのが89歳。96歳で逝去される前年までヤナギの研究を続けられたという。この図鑑によって,ヤナギが素人にも手が届くようになったという感が深い。ここにワケノカワヤナギは現れないので, “雑種” であることを博士自身も承認されていたものと思われる。

まだほとんど知られていない種なので,全国的な分布状況は不明であるが,岡山県北部の一部と隠岐に自生することは明らかになった。私信によると,片山さんは中国地方を歩き,島根県・鳥取県・兵庫県でも確認されたらしい(それぞれごく一部)。個体数が少なく珍しいものだとしても,分布は更に広がるかもしれない。

 4. 特徴の詳細
以下に,同定に行き詰って困っていた頃に書いたブログの一部を再掲する。細かく面倒な話になるがヤナギを学ぶためには避けて通れない。また,これがそのままワケノカワヤナギの特徴の解説になっているし,「本当の事かな?」と疑う人の説得にもなる。

*******************************
 【隠岐にエゾノカワヤナギ??】

B.腺体は1個(腹腺体)ある。
 C.雄蕊は2個ある。
  D.花糸は全長にわたり合着する。苞の上部は黒色である。
…… ここまでは疑う余地がない。「苞の上部は黒色である」に問題があるが,そうかと言って「D.花糸は離生する。」ではあり得ない。なお,花糸の上部が合着し切れないY字形の雄蕊も少数混じるが,これは変異の範囲内であろう。保育社の図鑑のカワヤナギの図がそうなっている。

   E.花糸は下部に毛がある。成葉は両面とも無毛である。
…… 「E.花糸は無毛である。」とは明らかに違う。成葉の観察は不十分だが,毛はなかったと思う。

    F.成葉は常に互生する。枝端の若葉は先端部を除き縁は裏側に巻き,両面に白色軟毛があるが,やがて無毛となる。
…… 「F.成葉はふつう対生,またはやや対生,あるいは互生する。」のは,イヌコリヤナギとコリヤナギであるが,明らかにこの2つ(隠岐では栽培種)ではない。

“枝端の若葉”の特徴。ほぐれかけた新芽は今のところ“裏側に巻いても反っても”いない。この点に関しては文献によって微妙に表現が異なり検討を要する。以下はカワヤナギについて。
『神奈川県植物誌2001』:
 春季の新葉は伏綿毛が密生し内巻するが,しばしば二次的に外旋する。
『山口純一氏のWebサイ』ト:
 筆者の観察では新葉は展開を完了するまでの間に、側縁が裏側に軽く弧状に
反る

     G.今年生の枝は早く無毛になる ----------------- エゾノカワヤナギ
     G.今年生の枝に灰色の細軟毛が密生し,この毛は前年生の枝では汚灰色
になり,所々に残る。枝端の若葉の毛は特に密生する --------- カワヤナギ

検索表に従う限り,どうしてもこの2つのいずれかになってしまう。そして枝は無毛なのでエゾノカワヤナギになる。「枝端の若葉の毛は特に密生する」とも思えない。現在,芽が半分ほどほぐれているが葉面に毛はほとんどない。もちろん今後生えて来るはずもない。

これはエライ事になった。エゾノカワヤナギ Salix miyabeana ssp. miyabeana は,日本では北海道にしかないことになっている!どうも釈然としないが理屈の上ではこうなってしまう。カワヤナギ S. miyameana ssp. gymnolepis であれば,過去の記録はあるのだが…。

“分布” 以外に気になる点。
 (1) 花の時期 …… 両種とも“花が葉の展開前に咲く”ことになっている。どう考えても“葉の展開と同時”に咲いた。しかしこの点に関しては,平凡社図鑑のエゾノカワヤナギの記載が「(花穂は)葉より先または同時に現れ」となっていた。“または同時”の一語に救われた。

 (2) 苞の形質 …… いわゆる「上部は黒色」グループとははっきり異なる。花穂の一部が微かに淡紫色がかる“こともある”程度である。「両面にふつうは長軟毛をしき」: 長軟毛は辺縁以外はごく疎らであるが,“ふつうは”と断ってあるので変異の範囲内かもしれない。「倒卵状へら形」: へら形と言うには下部のくびれがやや少ない。
*******************************

かなり無理のある苦しい検索であるが,ここで引っかかっている点こそまさにワケノカワヤナギの特徴を示すものだ。そして,検索表にうまく当てはまらない(行き先がない)ことが雑種の可能性を強く示唆する。

 (1) 花は葉の展開と同時に咲く。
 (2) 苞の先端が,黒く色付かない。
 (3) 苞の長軟毛はごくまばらで密生はしない。
 (4) 苞は「倒卵状へら形」というが,下部がくびれず“長い舌状(3×1mm)”。
 (5) 完全には合着し切らない上部が2分岐した花糸が混じる。
 (6) 展開中の若葉の外反が顕著ではない。
 (7) 成葉が無毛である。

検索表からはカワヤナギ(エゾノカワヤナギ)に近いという結果になるが,ここに列挙した問題点はその反証になっており,逆にオオタチヤナギ(ジャヤナギ)寄りを示す。唯一 (5) が両者の中間的な特徴となっていて,花糸が2本のオオタチヤナギを明瞭に否定する。

花糸2本がオオタチヤナギ,花糸が完全に合着して1本がカワヤナギ,両方が中途半端に混じっているのがワケノカワヤナギである。種小名の通り mictostemon(混じり合う雄蕊)が最も重要な特徴であることは,原記載に照らしても明かである。

 〔付記〕
島根大学講師杉村喜則氏の標本目録に,次の記述がある。
 ・ カワヤナギ   海士町日ノ津 (1983.5.26)
 ・ 不明種(3点)  海士町中里~福井 (1983.5.27)

日ノ津~隠岐神社間は歩いて1時間以下。この範囲には今はオオタチヤナギしか見られないが,この不明種がワケノカワヤナギだったのではないか?オオタチヤナギやカワヤナギが“不明種”ということはあり得ない。隠岐神社の同一場所での採集という可能性も大いにある。杉村先生の当時の苦労が偲ばれる。

 5. 文献情報
ワケノカワヤナギに関する文献を捜してみたが,以下のもので全部。この程度の情報では,忘れ去られるのも無理はない。

 『植物学雑誌』(木村有香,1926)
…… 新種 Salix mictostemon Kimura の詳細な原記載。ただし全文ラテン語。昭和初期の学術誌の論文,普通の人の目に触れる機会はまずない。

 『訂正増補 日本植物総覧』(牧野富太郎・根本莞爾,1931)
「S. Microstemon Kimura 〔in B.M.T. ⅩL. 636(1926)〕
ワケノカハヤナギ  葉稍カハヤナギに類し・花穂に於て花は疎生・苞は黄緑色・
 外面基部に毛茸あり・二雄蕊花及一雄蕊花混生・二花糸は種々の高さに癒着・
 花糸基脚毛茸あり    本州(中部)」

 『日本樹木総検索誌』(杉本順一,1961)
 (既出)

 『新日本植物誌 顕花篇』(大井次三郎・北川政夫,1983)
「S. × microstemon Kimura  ワケノカワヤナギ  カワヤナギとジャヤナギの間種」

 『A Systematic Enumeration of Japnese Salix (Salicaceae)』(H. Ohashi,2000)
「Salix × microstemon Kimura
  = Salix eriocarpa × S. miyabeana subsp. gilgiana (Seemen) H.Ohashi」

 『Saliaceae of Japan』(H. Ohashi,2001)
「Salix × microstemon Kimura」

 『Flora of Japan』(H. Ohashi,2006)
「Salix × mictostemon Kimura
  = Salix eriocarpa × S. miyabeana subsp. gilgiana」

 『日本維管束植物目録』(村田仁・米倉浩司,2012)
「Salix × mictostemon Kimura ワケノカワヤナギ(ジャヤナギ×カワヤナギ)」


 オオタチヤナギ その後

   さん

今日明日は雨ということで暇ができました。この時季はよく雨になります。 “菜種梅雨” というんでしょうか。 “花の雨” (桜)という俳句の季語もあります。

本来の隠岐神社の祭は4月4日です。海士では,「今日は隠岐神社の祭だから雨が降る」と私が子供の頃から言われていました。 “後鳥羽院” の涙雨というわけです。

ヤナギ調査が一段落しました。後は5月に “若葉” の観察が必要です。海士・西ノ島・旧西郷町内をほとんど回りましたが,全てオオタチヤナギです(島後のネコヤナギ以外)。隠岐のヤナギの主体はオオタチヤナギだということになります。他にあったとしても,ネコヤナギを除けば “ごく稀” でしょう。

以下オオタチヤナギで気付いたことをダラダラと。
 ・ 数十株をチェックしているが全て雌木ばかり。「雌木が多い」とは言われているものの,雄木が1本もないのは奇妙。種子繁殖をほとんどしていないのではないか?環境の改変で自然繁殖できる場所がなくなって。

事実,休耕田や河川敷など個体数の多い場所は全て若木で,落ちて散らばった枝によるクローン繁殖に見える。そもそも,虫媒花で雄木が少ないと,まともな種子ができないのではないだろうか?

 ・ 短期間に何故そんなに多くチェックできたのか?大きな木なら竿を捜して来て枝先を叩くという方法で,簡単に標本が手に入る。実際木の下には,落葉のようにバラバラと小枝が落ちてたまっている。これが本種の特徴で,ちょっとした強風でも落ちそうだ。

「枝は分岐点で極めて折れやすい特性がある」ことになっているが,枝自体が特に “折れやすい” わけではない。むしろ若い枝は強靱で,引っ張ってもちぎれない。 “小枝の分岐点” (二股部分)が “もろくて外れやすい” という意味である。 “股を少し開こう” と指1本で軽く引っ張ってみるとよい。アッと驚くこと請合いです。

この「分岐点付近がごくもろく,小枝が折れやすい」という性質,面白いので全ての種についてチェックしてみた。その特徴が明記されていたのは以下の4種のみだった。有力な判断基準になると思う。
  オオタチヤナギ, ジャヤナギ,  シロヤナギ, コゴメヤナギ

 ・ 実はもっと安易な奥の手があって,手が届かなくても目視で何とかなるのである。双眼鏡があれば,10m程度の距離でも軽々と同定できる。花穂(雌花序)の短さが独特で,紡錘形の “豆” という感じ。こんなミニサイズで丸っこい花穂は他にあまり例がない。少なくとも隠岐にはあり得ない。

ただし,ジャヤナギとの区別だけは手に取ってルーペで見ないと不可能。しかし,ジャヤナギは未だ1本も確認できていない。情報は,杉村先生の「赤禿山 1992.9.19」という採集記録のみ。

 ・ 島後では小形の幼木ばかり見てきたが(島前には老木が残っている), “男池” だけは例外である。池の周囲に大きな木が50本はある。

ついでに “女池” も見ておこうと行ったみたら,ヤナギはただの1本もなかった。目を凝らしてもない。つくづく,人の生活圏内の種だと思う(男池は水田)。自然度では女池の方が格上なのであろう。今回初めて気付いたが,古びた祠も祀られていて昔の人の思いが想像できる(神様が作った池)。賽銭は,明治期の大きな硬貨が1枚だけ。私もお世話になっているので100円硬貨1枚を追加。

                   ⇒  [オオタチヤナギ]

隠岐にエゾノカワヤナギ??

難しいと言われているヤナギ属の同定だが,検索表(木村有香 1989)を読んで “花があれば何とかなりそう” と思っていた。ところが “何とかならない” ものに出会ってしまった。鬱陶しいと嘆くべきではないだろう。面倒で難しいの大いに結構,あまり気にしなければよい。

“雄株による検索表” によるがピッタリしない点があるので,今後 “若葉と成葉” の観察が必要である。 “若葉” とは,芽が完全に展開して大きさ形とも “成葉” と同じになった時を言う。その後時間の経過と共に成葉が出来上って行く。色・葉質・毛の脱落等。

B.腺体は1個(腹腺体)ある。
 C.雄蕊は2個ある。
  D.花糸は全長にわたり合着する。苞の上部は黒色である。
…… ここまでは疑う余地がない。「苞の上部は黒色である。」に問題があるが,そうかと言って「D.花糸は離生する。」ではあり得ない。なお,花糸の上部が合着し切れないY字形の雄蕊も少数混じるが,これは変異の範囲内である。保育社の図鑑のカワヤナギの図がそうなっている。

E.花糸は下部に毛がある。成葉は両面とも無毛である。
…… 「E.花糸は無毛である。」とは明らかに違う。成葉の観察は不十分だが,毛はなかったと思う。

 F.成葉は常に互生する。枝端の若葉は先端部を除き縁は裏側に巻き,両面に白色軟毛があるが,やがて無毛となる。
…… 「F.成葉はふつう対生,またはやや対生,あるいは互生する。」のは,イヌコリヤナギとコリヤナギであるが,明らかにこの2つ(隠岐では栽培種)ではない。

“枝端の若葉”の特徴。ほぐれかけた新芽は今のところ “裏側に巻いても反っても”いない。この点に関しては文献によって微妙に表現が異なり検討を要する。以下はカワヤナギについて。
『神奈川県植物誌2001』:
 春季の新葉は伏綿毛が密生し内巻するが,しばしば二次的に外旋する。
山口純一さんのWebサイト:
 筆者の観察では新葉は展開を完了するまでの間に、側縁が裏側に軽く弧状に反る

  G.今年生の枝は早く無毛になる ----------------- エゾノカワヤナギ
  G.今年生の枝に灰色の細軟毛が密生し,この毛は前年生の枝では汚灰色になり,所々に残る。枝端の若葉の毛は特に密生する --------- カワヤナギ
検索表に従う限り,どうしてもこの2つのいずれかになってしまう。そして枝を観察した限りでは無毛なのでエゾノカワヤナギになる。「枝端の若葉の毛は特に密生する」とも思えない。現在,芽が半分ほどほぐれているが葉面に毛はほとんどない。もちろん今後生えて来るはずもない。

これはエライことになった。エゾノカワヤナギ Salix miyabeana ssp. miyabeana は,日本では北海道にしかないことになっている!どうも釈然としないが理屈の上ではこうなってしまう。カワヤナギ S. miyameana ssp. gymnolepis であれば,過去の記録はあるのだが。

エゾノカワヤナギが本当に本州にはないか?と調べてみたら,青森県と長野県に信頼できる記録があった。青森県は細井幸兵衛氏による。長野県は植物誌(1997)にあるが,絶滅危惧種ⅠA類にも指定されている。北海道・本州(長野まで)・隠岐,確かにこれに近い分布例がないわけではないが…。

この2種の区別,『Flora of Japan (H. Ohashi 2006)』では次のようになっていた。雌花の子房に関する部分は平凡社の図鑑と同一である。
  ・ 一年生枝は無毛。葉面は中央より上部で最大幅。葉縁の鋸歯は中央部に比べ下部が少ない。子房はほとんど無柄,花柱は0.3-0.5mm。 -------- エゾノカワヤナギ
  ・ 一年生枝は軟毛密生。葉面は中央部で最大幅。葉縁の鋸歯は全体に均等。子房の柄は長さ0.3-0.5mm,花柱は0.4-0.8mm。 ---------------- カワヤナギ

“分布” 以外に気になる点。
 (1) 花の時期 …… 両種とも “花が葉の展開前に咲く” ことになっている。どう考えても “葉の展開と同時” に咲いた。しかしこの点に関しては,平凡社図鑑のエゾノカワヤナギの記載が「(花穂は)葉より先または同時に現れ」となっていた。 “または同時” の一語に救われた。

 (2) 苞の形質 …… いわゆる「上部は黒色」グループとははっきり異なる。花穂の一部が微かに淡紫色がかる “こともある” 程度である。「両面にふつうは長軟毛をしき」:長軟毛は辺縁以外はごく疎らであるが, “ふつうは” と断ってあるので変異の範囲内かもしれない。「倒卵状へら形」:へら形というには下部のくびれがやや少ない。

そして残された作業は,若葉・成葉・托葉の観察と雌木の探索。雌木が見付かれば確実な同定ができる。また自生の記録のあるカワヤナギを探し回るのもよい。最近の学名の扱いは亜種 subsup. になっているので, “どちらつかず” もあるのだろうか。


 【追記 2013.7.22】
誤解を与えるとよくないので,取りあえず結果だけを報告しておきたい。本品は,木村有香博士が「岡山県和気町(吉井川流域)の標本で1926年に新種記載」された,
  ワケノカワヤナギ Salix mictostemon Kimura
であった。現在は,カワヤナギとジャヤナギの雑種 Salix × mictostemon Kimura という扱いになっている。

岡山県でヤナギを研究されている片山久さんに,雄花つきの生きた枝を見ていただいた。片山さんは岡山県のヤナギ全種につき,神奈川県の長谷川義人氏の同定・指導を得ておられる。

詳しい特徴や分布については他日を記すが,雑種は検索表には出て来ないので「カワヤナギ or エゾノカワヤナギ」の箇所で行き詰ったことには意味があった。

         [⇒ ワケノカワヤナギ]
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T.Tango

Author:T.Tango
 丹後 亜興 (隠岐郡海士町)
   tttt@tx.miracle.ne.jp
 
 フィールドは隠岐に限られますが植物歴40数年。ブログの目的は「植物を調べている隠岐の人」への情報提供です。しかし外部の方の参考にもなるよう,汎用性のある記述を心がけます。
 地元密着型の軽めの記事(日記)も,「隠岐版」と断って混ぜることにします。
 質問や地元の植物ニュースは歓迎です。

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