ウマノスズクサ科はなじみのない科だが,カンアオイ属が含まれている。ドクダミ科やコショウ科と同じコショウ目で,被子植物で最も初期に進化した群らしい。APG分類体系では,モクレン目,クスノキ目と続く。クスノキ目がこんなところに出て来るとは思わなかった。そしてその後に単子葉類が割込んで来る!
あの喇叭のような妙な花は萼だという。合弁花かなと思ったら図鑑では離弁花の方に入っていた。ただ,新しい分類体系では合弁花と離弁花の2つに分ることはしなくなった。どちらでもない科があるからだろう。
牧野博士が島根県(八束郡岩坂村)の標本で,明治43年に新種記載したものであるが,その後朝鮮・中国のものと同一種であることが判明した。当時の和名はマルバノウマノスズクサ,いつの間にか “ノ” が抜けたようだ。一般に,和名の “ノ” の有無はどうにかならないものか。あったかなかったか迷う例がかなりある。
初めて本種に出会った時,分布が「本州(島根県)」となっていて大いに驚いた(保育社の図鑑,1961)。現在は平凡社の図鑑(1982)にあるのが定説のようだ。何故か例外的に詳しい。
「大陸系の種類で,日本では,産地は長野県に集中し,さらに山形県から島根県の日本海側に点在している。朝鮮・中国北部・ウスリーに分布する。」
実は最近,岡山県の一部と対馬でも発見された。「日本海側」を消し「九州まで」とすべきなのか?分布の記載は悩ましい。図鑑に「四国」とあるので驚いて調べると,石鎚山の山頂に1ヶ所だったりする。跳び離れた例外的な分布まで含めると,かえって本来の分布域がぼやけてしまったりする。また,“普通”に広く分布しているのと,たまたま“局所的”に生残っているのとでは意味が異なる。1株でもあれば「ある」ことにはなるのだが…。
自宅の裏の畑に本種が生えていて,日常的にお目にかかっている。近くにある墓地にも多く,両親の石碑にまで絡まる。時々刈り払機でなぎ倒すのだが一向になくならない。30年以上マルバウマノスズクサと一緒に暮してきた様なものだ。日本の分布状況を詳しく調べてあげることにした。
環境省版のレッドデータブックでは,絶滅危惧ⅠB類であるが「推定個体総数約200」には驚く。今回の改訂(2012)で “絶滅危惧Ⅱ類” に格下げされたが,推定成熟個体数が250を越えたのであろう。海士町だけでも200はある。他の要因が改善したとは思えないので。
全国で記録があるのは以下の13府県のみ。 ●印はレッドデータブック登載。
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〔山形〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
・・・ “山形県の植物誌(1992)” によると,産地は4ヶ所で「まれ」。
〔新潟〕 絶滅
・・・ “新潟県植物保護 46号(2009)” による。
「新潟県における分布は,佐渡(本間2002)と加治川村(現新発田市)貝屋(池上目録,未公開)に知られている。その後,岩船郡朝日村(現村上市)に分布を確認した。畑の隣接地に群生していたが,開墾される可能性が高かったので,一部移植して栽培している。2007・2008・2009年現地を訪れた際に生育を確認しておきたいと思い,捜してみたが,土地が改変された後で再確認ができないままである。佐渡島や貝屋も注目して調査しているが,確認していない。新潟県では,野生絶滅の可能性が高い。…」
〔富山〕 ●情報不足
「既知産地は1 ヶ所のみであるが、近年の情報がなく現状が不明である。」
〔石川〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
「県内の生育地及び個体数が極めて少なく,貴重である。…県内分布 外浦区,内浦区,中能登区。…」
・・・メッシュ図では能登半島の先端部に1区画のみ。 なお,“石川県植物誌” には記載なし。
〔長野〕 ●絶滅危惧Ⅱ類
「…出現するメッシュ数16。…国内では長野県に比較的多いが,群生することはなく,各地に点在する。」
・・・メッシュとは5km四方の区画で全県を615区分したもの。産地はその内の16ヶ所。
〔群馬〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
・・・ “群馬県植物誌(1987)” では「産地 吾妻町 まれ」。
〔岐阜〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
・・・2013年改定案でレッドリストに追加。
〔京都〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
・・・2013年改定版でレッドリストに追加。
〔兵庫〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
「…県内分布 但馬…3ヶ所に知られている。いずれも人里近くのため,人為的環境破壊の危険度が高い。」
〔鳥取〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
「選定理由 生育環境悪化,局限・孤立,希少性。…県内分布 国府町,智頭町,鳥取市」
・・・分布図では4地点。
〔島根〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
「…日本で最初に気づかれたのは島根であり,八束郡八雲村岩坂で採集されたものであるが,現在,岩坂地内には生育地が確認されていない。…県内では東部と隠岐諸島にだけ生育地が知られていて,… (杉村喜則)」
・・・長く現状不明であったが,最近八雲村付近で再発見された。長野全県615メッシュを面積で換算すると島根県は304メッシュとなる。その内出現するメッシュは,島前 1,島後 1,松江市 1,の計3メッシュ。
〔岡山〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
「岡山県の生育地は2カ所で,個体数も少ない。…2004年に採集されて,岡山県にも生育することがわかった。 (地識恵)」
・・・分布図で見ると2ヶ所とも北部。
〔長崎〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
「…長崎県対馬の黒島からも発見された。…生育地は1ヶ所であるが,無人島であり,今のところ絶滅の心配はないが,産地が限られているので,絶滅危惧ⅠB類とするのが妥当であろう。 (中西弘樹)」
・・・対馬での発見は1999年。もちろん九州では初めて。
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なるほど分布している地域は広いが,産地は県当り小群落が数ヶ所。とにかく個体数が少ない。しかし急速に絶滅に向っているわけでもなさそうだ。事実非常に生命力が強く,道端の荒れ地・墓地・石垣などの乾燥地にも平気で耐える。墓地に除草剤を撒く人がいたがそれでも生残っていた。コンクリートを張詰めた場所もあるが,割れ目から芽生えて花を着けている。種子の散布能力も相当なもののようで,今までなかった場所に突然出現して驚くことがある。放置された桑畑で数年後に大繁殖,畑全体を埋め尽していたこともある。一時的だが2,000株を軽く越えていた。
環境省のレッドデータブックに「土地造成・道路工事が減少の主要因である。」とあるが,少し違うと思う。そのような原因で繁殖可能地が狭まることはあろうが,それは微々たるものである(少なくとも隠岐では)。最大の原因は農業をほとんどしなくなったことだ。人間の干渉で減少したのではなく,干渉をやめたことによって減少するのである。つまり畑の放棄である。雀や鴉或は農耕地の雑草のように,人間と共棲することによって生延びて来たと思う。恐いのは刈取りや踏みつけではなく,人間による攪乱がなくなって,競合種がはびこったり樹が茂って日蔭になることである。昔から産地が少なかった理由は,干渉の程度に微妙なバランス(強過ぎず少な過ぎない)を必要としたからではないか。栽培(つまり適度な干渉)してみれば分るが,始末に負えないほど増える。決して弱い植物ではない。
図鑑の分布の記述で「大陸系の種類で…」となっていた。この “大陸系” が分ったような分らないような誤解しやすい言葉である。 “大陸” がアジア大陸(ユーラシア大陸の東側)であろうことは何となく分る。そして “系” が系統を意味するなら,大陸系でない植物など日本にあるだろうか。帰化種は除くとして。
更に, “北方系” ・ “南方系” という語がこれと対立的に使われることがある。これも何となくは分る。しかし, “大陸系かつ南方系” などの種もありそうな気がする。或は “どちらでもない系” も。きちんと捉えようとすると訳が分らなくなってくる。植物歴40年,不幸にしてこれらの語の定義を読んだことがない。何でもありのインターネットを検索してみるが,まともな解説が見付からない。
日本に自生する “大陸系の種” を,取りあえず以下のように考えておくことにする。 “満鮮要素” という語があったが,これと同じ意味だと見なして。
(1) 日本で進化した固有種と,帰化種は除外。
(2) “大陸” とは,朝鮮半島・中国東北部(つまり日本列島のすぐ近く)のことと解し,大陸にも共通に自生する種。言わば大陸起源の種。
(3) 大陸に自生するが,より北或はより南に広い分布域を持つものは含めない。
(3) の中には北方系・南方系が含まれるはずだが(世界の広布種は除き),日本固有種との関係はどうなるんだろうか。「関東以西~南西諸島」などは南方系と言わないだろうか。実は自分でも「中部以北~北海道」などを(その北の国外には拘らず)北方系と言って来た。北方系・南方系の場合,固有かどうかは無視するんだろうか。
この種に初めて出会ってから30年以上になるが,ずっと「本当のことなんだろうか?…」という思いが払拭できずにいた。何しろ,シロウマは北アルプスの白馬岳を意味する。「図鑑に従うとシロウマアサツキになりますが…」と木村(康信)先生に訊ねたら「丸山(巌)さんもそう言っています」という返事だった。それ以上話が弾まなかったのは,氏も疑念があったためだろうか。
同定は雄蕊の長さだけの問題で難しい点はない。ただ,中部地方の高山の植物が,隠岐の海岸に出て来るんだろうか。入門段階の素人に信じられないのも無理はない。疑うのが正常な感覚であろう。今は知っている人も多く(情報化社会らしい),バスガイドまでシロウマアサツキと言っている。しかし,私の場合は「…と言われている」程度の言い方しかできなかった。もちろん謙遜したわけではなく文字通りの意味で。終には, “シロウマアサツキそっくりのアサツキ var. foliosum の一型” ということもあり得る,と考えてみたりもした。
長い間そのままの鬱陶しい状態が続いたが,ブレイクスルーとなったのは次の報告だった。
日本植物分類学会誌『分類』 Vol. 8 - No.2(2008年8月)
筆者は京都の「亀岡植物誌研究会」代表津軽俊介氏。
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…本変種はアサツキに似て花糸が花被片と同長となるもので,京都府北部に点在することが明らかとなりました(2006.6.26 京都府宮津市木子)。発見のきっかけは,宮津市在住で,熱心に地元の植物を研究している人が,村田先生に生植物を送り名を問うたことによります。あまりにも分布がかけ離れているため,村田先生は一度の現地調査を含め2年間にわたる検討の末,シロウマアサツキに辿り着いたということであります。これはまだ公に発表されていませんが,西日本初の発見でありましょう。…おそらく,氷河期のレリックと考えられるものですが,これが丹後一帯にどのような分布をしているのか,今年の課題として調査をしなければなりません。…
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(※ レリック: relict 生き残り,遺存種)
村田源さんが2年。これ以上はないという結末で,何も言うことはない。この日から晴れて「シロウマアサツキです」と断言できるようになった。しかし,同定が信頼できるということと,特異な分布が腑に落ちる,というのは別のことである。このもどかしさは, “中部以北” の “以北” に気付いて多分に解消した。今までは和名に囚われて,白馬岳付近にしか産しないと思い込んでいたのだ。つまり「隠岐と白馬岳のみ」,これではあまりにも特殊過ぎる。
実は “中部以北” なら他にも結構例がある。分布状況が酷似して見えるのがシウリザクラ Pasus ssiori (昨年40年振りに再発見)。先日触れたニッコウキスゲも本質的には “中部以北” で,シウリザクラ同様に中継地(?)が京都府なのが面白い。ただこの2つの遺存種と大きく異なる点は,やたらと元気がよくとても生残り組には見えないことである。島によって粗密はあるが隠岐四島に広く分布し,主に海岸付近の自然草地や岩場で普通に見られる。
北日本の分布状況を調べてみた。まず図鑑の記載から。国外の分布は「樺太・朝鮮・シベリア東部」。保育社の図鑑の記述がよさそうな気がするが,平凡社版の方が正確かもしれない。しかしよく見たら, “以北” が抜けている。これはひどい!
・大井植物誌: 「本州(中部地方)の高山帯に生える」
・北隆館図鑑: 「本州中部から東北地方の日の当る地に生える」
・保育社図鑑: 「本州(中部地方以北)・北海道」
・平凡社図鑑: 「本州(白馬岳・飯豊山・朝日連峰)・北海道」
【東北地方】
岩手県と宮城県を除いて全県に記録がある。ただし,青森・秋田・福島ではレッドデータ。
〔青森〕
「産地が限られ個体数が少ない。高山性であるが山地にみられる点で貴重である。…県内では白神山地に産する。岩場の岩隙や草地に生える。」
〔秋田〕
「内陸部の岸壁…分布限定,個体数希少」
〔福島〕
「飯豊連峰と尾瀬の燧ヶ岳の一部にしか自生していない。もともと自生数が少ない。」
【中部地方】
以下情報の得られた県のみ(△:少ない,●:レッドデータ,×:なし)
〔新潟〕●,〔富山〕△,石川×,福井×
〔長野〕●,〔山梨〕△,〔静岡〕×
本家の長野県で絶滅危惧種になっていて驚いた。「長野県植物誌」には標本が3点引用されているが,標高の分る2点はそれぞれ,900~1,150m ,1,700~2,000m。富山県は長野県境の白馬連山,県を分けることにほとんど意味はない。山梨県も駒ヶ岳等南アルプスの高山帯に稀。
【関東地方】
群馬県がレッドデータ。東京都のことは分らないが,その他の県には自生しない。
【西日本】
3地点のみに例外的に隔離分布。いずれも正式な発表はされていないかもしれない。
(1) 京都府北部,(2) 隠岐諸島,(3) 対馬
“対馬” には本当に驚いた。「長崎県レッドデータブック(2001年版)」に曰く。
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絶滅危惧ⅠA類
…今まで本州中部以西での記録はなかったが,今回九州の唯一の産地として,本県対馬から記録するものである。
…本種の対馬での自生地は今まで2箇所あったが,1箇所は植林のために絶滅してしまったので,1箇所のみ自生していることになる。海岸よりやや入った山地麓の草地に群生が残るだけで,絶滅が心配される。(邑上益朗)
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過去の「長崎県植物誌(外山三郎,1980)」に記録がないので,長い間気付かれなかったものに違いない。
これら西日本の産地,中部以北の高山とは随分環境が違う。両者は種として同一であっても,全く同じものではないのかもしれない。
なお,シロウマアサツキの自生がある地には,ほとんどの場合同時にアサツキも分布している。島根県の場合,本土側にはアサツキが稀にあるらしい。アサツキは全国に分布する普通種である。
【追記】 2013.6.17
岡山県倉敷市の「重井薬用植物園」のホームページに,注目すべき記述があった。
「日本のどの図鑑も,雄しべは花弁より短く,1/2~2/3となっていますが当園に栽培しているアサツキの雄しべは,花弁とほぼ同長です。…雄しべが花弁と同長なのはシブツアサツキとシロウマアサツキです。ちなみに当園のアサツキは岡山県北の石灰岩地帯のもので,1977年(昭和52年)から栽培しているものです。氷ノ山のものも同長のようです。…」
石灰岩地帯という特殊な環境は他の植物の進出が制限されるので,遺存植物の残りやすい環境である。氷ノ山についても,あって不思議はないように思われる。
それぞれ,『岡山県野生生物目録2009』や『兵庫県産維管束植物』(1999~2009)には,出ていないが。
なお,隠岐と西日本の他の地域では少し事情が違うのではかろうか?隠岐では海岸から山地まで,全島に広く分布する普通種で個体数も多い。他の地域の場合は,一部の限られた場所や特殊な環境に,わずかに生残っているだけという印象を受ける。もしそうであるなら,隠岐のものは生態型(エコタイプ)としての分化が,相当進んでいると考えられる。つまり同一種ではあっても,隠岐のものを白馬岳に植えても生育できず,その逆もまた真。
【追記】 2016.7.30
最近刊行の2書では,分布の記載に“近畿以西”も加わった。
「北海道・本州(中部以北・近畿北部・隠岐),サハリン・朝鮮半島・シベリア東部」
…… (布施静香 2015)『改訂新版 日本の野生植物(平凡社)』
「Hokkaidou and Honshuu. On rocks and in gravelly areas; subalpine zone; on rocks and grassy slopes along seaside (Kyouto and Shimane Pref.). Russia (E. Siberia, Sakhalin), Korea.」
…… (Hiroshi Takahashi 2016) 『Flora of Japan Ⅳb (講談社)』
なお,ネット上の情報に拠ると,島根半島の一部(海辺)にも自生がある。そして,兵庫県中・北部には多くの産地があり隠岐と似た状況のようである。
Kさん
ハマアカザをご存じでしょうか?何故今頃と思われるかもしれません。一つの理由は,丸山先生の『隠岐島・島根半島・三瓶山』にある,37種の「隠岐島植物中珍奇著名なもの」に含まれているからです。どういう意味で重視されるのか,はっきり知りたいと思いました。
ツバメウツギ(Deutzia hebecarpa Nak.)・ミツバイワガサ・オオバアザミ(Cirsium Yoshinoi Nak. var. amplifolium Kitam.)・オキタンポポ・コバノネマガリダケ(Sasa romosissima Koidz.)・オキノアブラギク・ハシドイ・セリモドキ・カラスシキミ・オニヒョウタンボク・ハマナシ・ハマアカザ・クロベ・オオエゾデンダ・シロウマアサツキ・シシンラン・クモラン・カスミザクラ・ナゴラン・ベニシュスラン・ヒモラン・ヤナギイボタ・ダルマギク・ハイノキ・オオバヤドリギ・ハイネズ・ウンゼンマンネングサ・トウテイラン・チョウジガマズミ・オキシャクナゲ・ヨコグラノキ・マルバウマノスズクサ・ハナゼキショウ・ハイハマボッス・キャラボク・テツホシダ・クロキヅタ
“図鑑” からハマアカザの分布記載を,4例取り上げてみました。図のないものもありますので,図鑑ではなく “植物誌” というべきでしょうか(笑)。
(1) 「北海道・本州・朝鮮・ウスリー・樺太・千島」
: 日本の野生植物(北川政夫,1982)
確かに “本州” は間違ってはいませんが…。山口県にも自生があるので。
(2) 「樺太・千島・北海道・本州(広島県以東)」
: Flora of Japan(S.E. Clemants, 2006)
『広島県植物誌(1997)』によると,広島県から報告されたものはホソバハマアカザの誤認だったそうです。
(3) 「日本の中部より北の海岸に自生」
: 新牧野日本植物図鑑(2008)
牧野さんの原文のままです。近畿以西では稀なのでイメージとしては悪くありません。
エゾハマアカザという別名もあるくらいです。
(4) 「本州(日本海沿岸は中国地方以東,太平洋沿岸は三重県以東)・北海道・樺太・千島」
: 原色日本植物図鑑(北村四郎,1961)
流石!京大は地元ですので安心できます。
北のものなので「どうせ中部以北では普通なんだろう」と思いました。ところが予想が外れて,詳しく調べてみる気になりました。
【中国地方】
〔山口〕
ごく稀。『山口県植物誌』には光市室積の標本が1点引用され,“本県が西南限” となっています。瀬戸内側なのが意外でした。
〔島根〕
「沿岸に稀に分布 五箇,平田」。これは杉村先生の “植物相” からですが,産地が挙げてある時は “そこでしか見ていない”を意味するようです。島根半島には確かにあります(美保関・恵曇など)。
〔鳥取〕
県立博物館に5地点の標本が収蔵されている。
〔広島・岡山〕
自生なし。
【近畿地方】
〔兵庫〕 ●準絶滅危惧種 もちろん日本海側の沿岸部です。
〔京都〕 ●絶滅危惧Ⅱ類 「多くない。…北部地域(丹後地域の海岸)。」
〔大阪・和歌山〕 自生なし。
〔三重〕 ●絶滅危惧Ⅰ類 「既知の生育地点数は5以下であり,個体数は少なく,…」
【中部以北】
浜辺専門しかも波が洗うような場所なので,海のない県は関係ありません。北陸と東北は全県に自生していますので,量の “少ない” 県のみ取り上げます。
〔富山〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
〔秋田〕 ●準絶滅危惧種
太平洋側はより稀の感じです。
〔愛知〕 ●絶滅危惧Ⅱ類 「生育地も個体数も少なく、また減少傾向も著しい。」
〔静岡〕 ●情報不足 「現状不明」
〔神奈川〕 ●絶滅
〔東京〕 情報なし。何をしているんだろう。
〔千葉〕 1959年の “記録” が1例あるのみ。
〔茨城〕 自生なし。
〔福島〕 ●準絶滅危惧
〔宮城〕 ●絶滅危惧Ⅱ類
これも基本的には “中部以北型” ,しかも〔北海道〕を除けばあまり個体数の多いものではないな,という印象です。何故か隠岐でも個体数はそう多くはありません。ただ分布は広くて,丁寧に捜せば大抵の海岸で2~3株は見付かりそうな気がします。およそ人の行かないような浜でも見ていますので,絶滅の心配はないかもしれません。
少し時化ると波をかぶるような最前線,どちらかというと岩がゴロゴロした場所に多いような…。隠岐での分布図を作ってみたくなりました。そういう気を起させるような孤独な生き様です。アカザ科は “風媒花” ですが “自家受粉” でしょうね。相手がそばにいないと受精に困ります。もちろん種子は海流散布で,水に浮きます。
長くなったので分類については省略します。ハマアカザ属はアカザ属 Chenopodium のように難解ではありません。ただし,まず果実によって属を決定してからです。他にはホソバハマアカザ・ホコガタアカザがあり,やや普通に見られるのはこちらの方です。この2つは波の静かな入江を好みます。
【1。隠岐の事情】
隠岐の “植物目録” としては,次の2つが基本であるが,本種はどちらにも出て来ない。比較的近年になって気付かれたのかもしれない。
『隠岐雑俎』 岡部武夫,昭25 (1950) 隠岐高等学校
『国立公園候補地 隠岐島・島根半島・三瓶山』 丸山巌,昭35 (1960) 島根県
筆者が本種を初めて採集したのは 1984.9.16(布施村中谷産)であるが,その時すでに “重要種” という認識があった。何故知っていたのかはっきりしないが,以下の記述を読んでいたのかもしれない。
『島根県大百科事典』 (丸山巌 1982)
「…本種は本州の静岡県以西の山陽地方や九州の温帯林下に分布する。島根県内では隠岐島後の大満寺山彙に多産するが,いくらか変異性がある。…」
後でも触れるが,多少のコメント。
「静岡県以西」: “岐阜県以西” が適切である。
「山陽地方」: その通りで日本海側には自生地がない。
「温帯林下」: 海抜1,000m前後のブナ帯が本来の生育環境。
「隠岐島後」: 当時県下では,隠岐でしか確認できていないことが伺える。
「多産」: 果してそうか?は検討を要する。確かにある程度分布は広いようだが。
「変異性」: 稀に母種との中間的なものが現れるそうである。隠岐のものはどの程度か興味深い。かつて一度同定を試みた時,いくらかスッキリしない気持が残ったのはそのせいかも知れない。今回精査を思い立ったのも,その時の “気分の悪さ” が関係している。
島根県全域の状況については,その後以下のシリーズが発行されて随分見通しがよくなった。しかし,隠岐にあるかどうかなど,具体的な産地についてははっきりしない点もある。
『島根県のシダ植物相』 杉村喜則,平9 (1997) ホシザキグリーン財団
『島根県の種子植物相』 杉村喜則,平17 (2005) 三瓶自然館
『杉村喜則氏採集植物標本目録(Ⅰ)』 井上雅仁 他,平21 (2009) 三瓶自然館
“種子植物相” を見たら,「隠岐,石見部に稀に分布」となっていた。この目録には “稀” 以下のランクがないので,これは “ごく稀” を意味する。とりわけ地名が添えられている場合はそうである。 “標本目録Ⅰ” には,島前西ノ島の “焼火山” 1例のみが出ている(1983.10.19)。山頂付近だと聞いたが,30年前の採集…。
“石見部” という表現はどうなんだろう。文字通りだと“個体数は少なくても石見地方全域に広く分布” と取れるが,どうもそうは思えない。他の地域での分布,特に広島県と山口県の状況を考えると, “西中国山地国定公園” の西部,3つの県が隣接する地帯に限られる(?)ような気がする。インターネットに,匹見町額々山(がくがくやま)の 1,190 m 地点で撮られた写真が出ていた。確かにある!
【2。中国・近畿地方】
〔鳥取〕 ●絶滅危惧Ⅱ類
「県内の確認地は現在1カ所のみ。5年前に比べ2010年は株数が減った。開花も1株しか確認できず,衰退が確実。評価時にはVU相当と判断したが,より悲観的な判断も考えられる。」
〔山口〕 ●絶滅危惧Ⅱ類
“山口県植物誌” などによると寂地山塊(1,337m)のブナ林で「稀」となっている。
〔広島〕 “広島県植物誌(1997)” から。
「県西部の中国山地の高所に分布し,ブナ林の林床に群生するが,生育地は局部的であり,個体数も少ない。…恐羅漢山(1,346m)・冠山(1,339m)・臥竜山(1,223m)」
〔岡山〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
「岡山県では1919年に高梁市で採集されて以来確認情報がなく、岡山県版レッドデータブック(2003)では絶滅種となっていた。2007年に88年ぶりに第2の生育地が発見され、本種の生育が明らかとなった(地職恵,2008)。個体数も少なく、孤立した状態で生育しており、依然危険度は高い。…県内の生育地は北部の1カ所のみで、深山の急な谷沿いの北斜面に点在するが、個体数はきわめて少ない。」
〔兵庫〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
「県内では1ヶ所に知られている。」
詳細は非公開だが,産地は氷ノ山(1,510m)のようだ。
〔滋賀〕 ●情報不足
“滋賀県植物誌(北村四郎,1968)” に載っていない。 “近畿地方植物誌(村田源,2004)” にも滋賀県の標本は出ていない。古い記録があるんだろうか?
〔奈良〕 ●絶滅危惧Ⅰ類
詳細は不明だが大台ヶ原の標本が知られている。
〔大阪〕 “大阪府植物目録(桑島正二,1990)” による。
「岩湧山(897m),山地の樹陰 希」
〔三重〕 ●絶滅危惧Ⅱ類
「既知の生育地点数は5以下.各生育地の個体数は50未満である.」
付図で見ると産地は,滋賀・岐阜・奈良との県境山地。
【3。分布の全容】
〔東限〕
本変種の分布は『Flora of Japan (H. Koyama 1995)』によると,「本州(岐阜県以西)・四国・九州」である。岐阜県が東側の分布限界地ということで,近隣の県も調べてみた。福井・石川・長野・静岡には確かに記録がない。愛知県は不明だったが,以下の2つの分布図にはプロットされていた。実際の標本に基づいて作成された分布図であるので「本州(岐阜・愛知以西)・四国・九州」が厳密かもしれない。
(a) “ヤマタイミンガサ(ニシノヤマタイミンガサを含む)とその仲間について” (小山博滋,1968)
(b) 『日本の固有植物(加藤雅啓 他,2011)』
【注】 『グリーンデータブック あいち2017』によると
愛知県に両変種の記録がある。但し,産地は限定的。
〔四国〕
四国4県とも普通にあるようである。ただし,四国山地の1,000m付近の高地に現れる。例えば高知県で標高600m~1,400m。分布図を眺めていると,分布の中心は四国ではないかと思えてくる。
〔九州〕
九州もすべての県に分布する。ただし産地は中央部の山岳地帯で,大分・宮崎両県(四国が近い)以外は “稀” となっている。福岡・佐賀・鹿児島はレッドデータブックに登載。
【4。隠岐に分布する意義】
いわゆる “近畿以西型” の日本固有種であるが,日本列島の太平洋側に偏して分布している。しかも産地は内陸部山地の亜高山帯に集中。何故こんなものが,跳んで隠岐にあるのか?また,岐阜県中央部の産地より北になるので,隠岐は北限自生地でもある。
実際,(b) の分布図で隠岐に点が打ってあるのを見て,申訳ないような気になった。知らない人が見たら,何かの間違いだと思うだろう。
【5。分類】
母種は,ヤマタイミンガサ(広義) Parasenecio yatabei である。狭義のヤマタイミンガサ P. yatabei var. yatabei も本州の太平洋側のみに分布する。こちらは “中部以北型” で岩手県にまで達する。近畿以西でも広島県までと四国にはあって,そこで分布が重なり合うことになっているが,例外的で痕跡的な遺存という印象である。「四国には両方がある」と言ってもその意味が異なる。西のニシノヤマタイミンガサと東西に住み分けができているようだ。
ヤマタイミンガサについて,『広島県植物誌』はニシノヤマタイミンガサの間違いだったとしているし,愛媛県レッドデータブックは「情報不足(DD) 石鎚山系の記録がある。」,徳島県は「絶滅危惧Ⅱ類 剣山・木頭村で生育を確認した。東祖谷山村に記録がある。」,などという程度。
両変種の区別点(北村四郎 1981,H. Koyama 1995)。
・ヤマタイミンガサ: 総苞片は5個,小花は5-6個。
・ニシノヤマタイミンガサ: 総苞片は3-4個,小花は2-4個。
しかし, “ほとんどの場合” 次でよいらしい。これは隠岐のもので是非確かめておきたい。
・ヤマタイミンガサ: 総苞片は5個,小花は5個。
・ニシノヤマタイミンガサ: 総苞片は3個,小花は3個。
隠岐で多少似て見えるものにヤブレガサ Syneilesis palmata があるが,ヤブレガサは葉が葉柄に楯型につくのではっきり異なる。つまり,葉柄の付着点が葉身の縁ではなくて内部にある。
【※ 付記】
“島根県大百科事典” の「静岡県以西…」は,『日本植物総検索誌(杉本順一,1978)』を引き写したと思われる。しかし,杉本先生自身の『静岡県植物誌(1984)』は「富士山(早田博士)。稀。」となっているのみである。富士山周辺を含め,多くの産地が列挙されているヤマタイミンガサとは対照的に。単に “The Vegitation of Mt. Fuji” (B. Hayata, 1911) を引用したものであろう。前記の2つの分布図にも現れないので無視することにしたい。
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【訂正 2013.1.19】
丸山巌氏の『隠岐島・島根半島・三瓶山』に本種が出て来ないと書いたが少し違っていた。
冒頭の “概況” 部分に,タイミンガサモドキ(ヤマタイミンガサの別名)として取上げられている。広義ではニシノヤマタイミンガサも含むので誤認とは言えない。採集者が必ず通るルートに多産地があるのでおかしいとは思っていた。
ただし “目録” 本体では,タイミンガサ Cacalia peltifolia Makino となっている。うっかりミスだと思う。タイミンガサは日本海側の “新潟~兵庫” にしか分布しない特殊な種である。いずれにしても,丸山先生が本変種を既に認識していたことは明かである。その後の島根県大百科事典の記述に照らして。
『滋賀県レッドデータブック 2010年版』を入手した。
「県内では,永源寺町(白瀬峠付近)で確認。…確実な情報および記録に乏しい。」
となっている。白瀬峠は三重県との県境で標高1,010m。
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【追記 2013.9.12】
布施の神原高原(海抜430m)から,ニシノヤマタイミンガサの花序を3本折り取って帰った(別々の株)。頭花70個について,総苞片と小花の数を数えてみた。3本の個体差や,同一花序内でのゆらぎがわずかにあるが,問題にするほどではない。総苞片と小花の数は基本的に同数なので,小花の数のみを昇順に並べて示す。
3,3,3,3,4,4,4,4,4,4,4,4,4,4,4,4,4,4,4,4
4,4,4,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5
5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5
5,5,5,5,5,5,6,6,6,6
(3: 6%,4: 27%,5: 61%,6: 6%)
・ヤマタイミンガサ: 5~6個(基本数5)
・ニシノヤマタイミンガサ: 2~4個(基本数3)
厳密に言えば,どちらとも言えない “中間型” になる。それはそれで注目に値するが,普通に考えるとこれはヤマタイミンガサ(狭義:var. yatabei)とすべきであろう。少なくともニシノヤマタイミンガサ var. occidentalis ではあり得ない。
困ったことになったものだ。文献(b)の分布図ではニシノヤマタイミンガサになっている。頭痛が種が増えてしまった。更に多数の個体を調べてみる必要がある。
ニシノヤマタイミンガサでさえ不思議に思っていたが,ヤマタイミンガサだとすると,ちょっと信じ難い分布になる。そもそも中部以北の “太平洋側” のもので,西日本では四国だけにあることになっている。しかも,産地は四国山地の一部に限られ「香川:なし,愛媛:情報不足,徳島・高知:絶滅危惧」。
【参考】 ※ 前記文献(a)から
・・・
京大,東大ならびに科学博物館の標本庫に保存されている標本172点について検討したところ,その大部分は総苞片 5~(6) 個,小花 5個からなる頭花をもつ個体(C. yatabei var. yatabei)と総苞片 3~(4) 個,小花 3個からなる頭花をもつ個体(C. yatabei var. occidentalis)であった。
しかし少数ではあるが,上記以外に総苞片 3~(4) 個と小花 (4)~5 個からなる頭花をもつ個体や,総苞片 3個,小花 3個からなる頭花と,総苞片 5個,小花 5個からなる頭花とを同一花序内に有する植物も見られた。
・・・
上に述べた総苞片と小花の数の点で中間的な頭花を持つ植物の出現する地域は,2変種が重なり合う愛知県以西から中国・四国地方である。又それぞれ一方の型しか見られない東北と九州では,頭花を構成する総苞片と小花の数がかなり安定しており,変異の幅も小さい。
・・・
なるほど,隠岐は東北でも九州でもない。しかも,東北・九州でさえ 「かなり安定」・「変異の幅も小さい」と,多少のゆらぎ(彷徨変異)は出る。逆に,その点がこの種の特徴とも言える(文献(a) )。
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【追記 2014.9.27】
産地は同じ神原高原であるが,数百m離れた別の群落の個体(植栽品)を調べてみた。1花序50個の頭花について。結果は前回と全く同じ。
3,3,3 -----> 6%
4,4,4,4,4,4,4,4,4,4,4,4,4,4,4 -----> 30%
5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5
5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5,5 -----> 62%
6 -----> 2%
小花の基本数は3:5。4が混じるとはいうものの明らかに3ではない。つまり,変種を分けるとすればヤマタイミンガサ P. yatabei var. yatabei とせざるを得ない。変種を区別しない広義でも母種のヤマタイミンガサと呼ばざるを得ない。
ネット上にあるニシノヤマタイミンガサの写真を色々見た。確かに小花数は3(-4)で隠岐のものとは感じがはっきり違っている。
過去の間違い(?)は,“隠岐は西日本” という先入観が影響していると思われる。行政区画上はともかく,植物分布を考えると「隠岐は西日本ではない」と感じることが多い。緯度を考えてみても,福井県・長野県・茨城県と重なっており,西と東(南と北)の境界線上に位置する。
なお,文献(b) の分布図はどう考えるべきか。単に,京大(?)の標本ラベルがそうなっているだけかもしれない。
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【追記 2014.10.5】
1頭花中に含まれる小花数のカウント,前2回の結果は見事に一致し代表値は「5」であった。
<№1>
3 -----> 6%
4 -----> 27%
5 -----> 61%
6 -----> 6% (平均 4.7)
<№2>
3 -----> 6%
4 -----> 30%
5 -----> 62%
6 -----> 2% (平均 4.6)
もう必要ないかと思ったが,念の為もう一度やってみたら予想外の結果になった。
<№3>
3 -----> 22%
4 -----> 50%
5 -----> 22%
6 -----> 6% (平均 4.1)
<№4>
3 -----> 33%
4 -----> 47%
5 -----> 16%
6 -----> 4% (平均 3.9)
代表値は3ではないが5でもない。両者の中間の「4」であろう。ニシノヤマタイミンガサとタイミンガサの“中間型”ということになる。
これは群落の違いによる差であろうか?№1~4はそれぞれ数百m離れている。どうもそうではないような気がする。№3と4は調査時期が遅く開花のピークを過ぎてしまっていた。咲き残った,或いは遅れて咲いた個体しか残っておらず,生育状態が十分ではないように見える。来年の満開時に同一場所で再調査する必要がある。
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【追記 2016.9.6】
小花のカウントを再度試みた。予想は,「ほとんど全てがヤマタイミンガサ(5型)だろう」だったが,明瞭なニシノヤマタイミンガサ(3型)も含まれていた!
<№5>
3 -----> 5%
4 -----> 40%
5 -----> 30%
6 -----> 25% (平均 4.8)
<№6>
3 -----> 5%
4 -----> 35%
5 -----> 25%
6 -----> 35% (平均 4.9)
<№7>
3 -----> 40%
4 -----> 55%
5 -----> 5%
6 -----> 0% (平均 3.7)
<№8>
3 -----> 60%
4 -----> 40%
5 -----> 0%
6 -----> 0% (平均 3.4)
<№9>
3 -----> 50%
4 -----> 35%
5 -----> 15%
6 -----> 0% (平均 3.7)
№7,8,9 は迷う余地なくニシノヤマタイミンガサ var. accidentalis である。そして,№5,6 は中間的ではあるものの変種を分ければ,明らかにヤマタイミンガサ var. yatabei 寄りである。少なくともニシノヤマタイミンガサだとは言えない。
更に調査を続けた方がよいが,隠岐には “2型が共存” しているというのが,実態を忠実に表している。
ヤマタイミンガサとニシノヤマタイミンガサの両変種が混在することよりも,そもそも本種が隠岐に分布している事が不思議である。本州での分布図によると,表日本(脊梁山地の太平洋側)のもので,日本海側には進出していない(脊梁山地を越えない)。隠岐が唯一の例外ではないか?
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【追記 2018.9.5】
再度しつこく,小花の数を数えてみた。隠岐にあるのは,ニシノヤマタイミンガサ? or ヤマタイミンガサ? or それとも?
産地は,前回までの “神原高原” 一帯から少し離れた,布施北谷の群生地。
一群落内の8個の株について,それぞれ花序から20個の頭花をランダムに抜き出した。
<№ 10>
3 -----> 20%
4 -----> 75%
5 -----> 5%
6 -----> 0%
<№ 11>
3 -----> 10%
4 -----> 85%
5 -----> 5%
6 -----> 0%
<№ 12>
3 -----> 5%
4 -----> 80%
5 -----> 15%
6 -----> 0%
<№ 13>
3 -----> 5%
4 -----> 80%
5 -----> 15%
6 -----> 0%
<№ 14>
3 -----> 10%
4 -----> 65%
5 -----> 25%
6 -----> 0%
<№ 15>
3 -----> 0%
4 -----> 50%
5 -----> 45%
6 -----> 5%
<№ 16>
3 -----> 5%
4 -----> 40%
5 -----> 55%
6 -----> 0%
<№ 17>
3 -----> 0%
4 -----> 30%
5 -----> 70%
6 -----> 0%
№10~№14: ニシノヤマタイミンガサとすべきであろう。 “3” が少ないのが多少気になるが…。
№15,16: いずれでもない中間型と言うしかない。
№17 : ヤマタイミンガサとしてよいと思われる。
【隠岐の状況についての一応の結論】
(1) ニシノヤマタイミンガサ:
確かにある。多くはないが典型品と言えるものも(№7,8,9)。
(2) ヤマタイミンガサ:
“5” が60%を越える個体は,ヤマタイミンガサと判断する。
(3) 中間型:
隠岐の自生種の主体はこれであろう。どちらとしても矛盾が大き過ぎる。
例えば,「4 ---> 50%,5 ---> 50%」。
歯切れの悪い結果であるが,それが隠岐独特の現状なので認めるしかない。むしろ,その特異性(3タイプ共存で分化しきっていない)が注目に値する。
なお,平凡社図鑑の改訂新版で “分布” が以下のようになっていた(門田裕一 2017)。
(a) ヤマタイミンガサ Parasenecio yatabei var. yatabei
------- 本州(岩手県~岐阜県・愛知県・紀伊山地・中国地方,隠岐島を含む)・
四国(徳島県・高知県)に分布し,……
(b) ニシノヤマタイミンガサ Parasenecio yatabei var. occidentalis
------- 本州(岐阜県・愛知県・紀伊山地・中国地方)・四国・九州に分布し……
わざわざ,「隠岐島を含む」と付け加えた根拠とその理由が知りたい。確かに,ヤマタイミンガサが日本海側の低地(標高400m以下)に現れるのは信じ難いような事実だが…。
ベニシダ類はよく分らないので長い間敬遠して来た。本気で取組んだのは一昨年暮れからに過ぎない。隠岐にいてハチジョウベニシダ D. caudipinna をよく知らないのが,流石に恥ずかしくなったためである。ハチジョウベニシダの存在を知ったのが1991年,20年間放置していたことになる。調べてみて隠岐は一大産地であることが明らかになった。
当然関連して,ベニシダ D. erythrosora とトウゴクシダ D. nipponensis の精密な把握が必要になった。オオベニシダもその過程で気付いたものである。今までは隠岐に自生があることを知識として知っているのみで,その実態については全く自信がなかった。
オオベニシダ については,今年一年観察を続けようと思っているが,現時点での予想をメモしておきたい。言わば作業仮説である。もちろん,すべて何かの文献には書いてある事実。
ただこのシダを知るには,トウゴクシダとの区別さえできればよいと感じている。隠岐の場合,トウゴクシダ型のハチジョウベニシダの一型が現れて事情を複雑にしているが,以下の比較がある程度流用できるし,いざとなればハチジョウベニシダには決定的な特徴がある。
H: オオベニシダ Dryopteris hondoensis
N: トウゴクシダ Dryopteris nipponensis
(1) 葉の色
H:黄緑色。黄色味が弱い場合でも, “明るい鮮緑色” は明瞭。
N:通常は暗緑色。明るい場所で,稀に黄色味の強いものも見る。
(2) 葉質
H:やや硬い草質でガッチリした印象。端正な平面状。
N:しなやかな紙質でペラペラした感じ。皺が寄るように小羽片が波打つことが多い。
(3) 光沢
H:全くない。ベニシダ環境の中では特異でよく目立つ。
N:鈍い半ツヤ。ベニシダのようなガラス光沢はない。
(4) 葉面の印象
H:羽片・小羽片とも一平面にきちんと並びすっきりしている。羽片や小羽片間に隙間ができ勝ち。
N:小羽片どうしが重なるように密生する。全体がごちゃごちゃ混合う感じ。
(5) 葉先の尖り方
H:漸尖。なだらかに徐々に細くなる。
N:急尖。頂部の羽片が急に短くなりやや尾状になることが多い。
(6) 下部羽片の柄
H:5mm程度の柄がある。
N:小羽片が中軸に重なり,柄はごく短い。
(7) 羽軸の袋状鱗片
H:大部分は平たくて,袋状のものがわずかに混じる程度。
N:袋状の鱗片がぎっしりつく(早落性)。
(8) 葉柄下部の鱗片
H:茶褐色。
N:黒褐色。
(9) ソーラスの位置
H:裂片の中肋と辺縁の中間(~やや中肋寄り)。
N:はっきり中肋寄り。下部羽片で比較する。
(10) 分布量
H:分布は広いが個体数はごく少ない。しかも,単独でポツンとある場合がほとんど。
N:ベニシダ環境にやや稀に現れる。群生はしないがその付近に数株はあるのが普通。
変化の多い種では(個体変異と生態変異がある)何でもそうであるが,上記の特徴が “常に必ず100%” 観察できるとは限らない。複数の形質による総合的な判断が必要になる。ただ,微妙で難しい個体に出会ったら一時棚上げし,まず標準的なものでしっかりイメージを作るべきだろう。ものには順序というものがある。
上記の(7),(8)についてはまだ確認していないが,(7)が最も確実な判定基準になるのではないかと思っている。新葉が展開し終った頃に是非観察してみたい。
隠岐にニッコウキスゲ Hemerocallis dumortieri var. esculenta が産することの意義を知るために,全国の分布を調べてみた。
図鑑(平凡社,佐竹義輔 1982)では以下のようになっていた。
「本州中部以北・北海道・南千島・樺太」
環境は山地または亜高山の湿った草原で, “本州中部以北の高原” というイメージでよいだろう。
しかし “中部地方” とは何処なんだろう。今まで “長野周辺” で済ませて来たが。以下のようであるらしい。
(1) 北海道
(2) 東北 …山形・福島まで。
(3) 関東
・北関東 :茨城・栃木・群馬
・南関東 :埼玉・千葉・東京・神奈川
(4) 中部
・北陸 :新潟・富山・石川・福井
・東山 :山梨・長野 ※(甲信)
・東海 :静岡・愛知・岐阜 ※ “東海地方” と言う時は三重を含む。
(5) 近畿 …滋賀・三重から兵庫まで。 ※ 三重県は中部地方に含めることもある。
(6) 中国
・山陰 :鳥取・島根
・山陽 :岡山・広島・山口
(7) 四国
(8) 九州
そして “中部以北” 。実は細かく言うと地域によって多少の変化はある。
a. 神奈川・千葉には記録がない。
b. 愛知・山梨・東京・埼玉では,レッドデータブック登載種。
残りの県では,北海道を含め量は多いようである。産地が限定されているとしても大群生を作りやすい。
中部以北に広く分布していながら,近畿地方では突然少なくなり京都府と滋賀県の一部にしか残っていない。レッドデータブックでは,京都:要注目種,滋賀:希少種。以下は,2012年06月26日の “京都新聞” の記事である。
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ニッコウキスゲ食害深刻 京都・北山群落
夏の高原で黄色い花を咲かせるユリ科植物「ニッコウキスゲ」の国内南西限分布地となっている京都北山で、シカやニホンカモシカの食害のため群落が壊滅の危機に陥っている。氷河期の名残をとどめる貴重な存在で、研究者が保護に取り組んでいる。
ニッコウキスゲは、冷涼な気候の北海道や本州の高地に分布し、6~8月に直径10センチほどの花を咲かせる。
京都府立大の高原光教授(森林植生学)によると、南西限の分布は京都大芦生研究林(南丹市)と京都府立大久多演習林(京都市左京区)、白倉岳(高島市)、百里ケ岳(同市)にあり、1960~90年代に発見された。
遺伝的に国内のほかの群落と異なり、中国大陸のニッコウキスゲに近い。日本列島が大陸とつながっている時期に定着し、その後に隔離されたとみられる珍しい群落という。
これらの群落は岩場や険しい斜面に生えており、盗掘や野生動物の食害を免れてきた。だが、10年ほど前からシカが増え、食害を受け始めた。ニッコウキスゲは春先の残雪期から若芽を出すため、シカが好んで食べる。かつて数百株があった白倉岳と百里ケ岳はほぼ壊滅状態という。
府立大久多演習林では、壊滅を防ぐため約10年前から同大学関係者が群落の周囲にネットを張っている。それでも、シカに若芽を食べられることがあるという。
高原教授は「分布が極めて限られ、氷河期の生き残りともいえる貴重な群落。天然記念物に匹敵する価値があり、保護が必要だ」と話している。
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なお,記事中に「中国大陸のニッコウキスゲ」という表現が出て来る。以前は日本の固有種と考えられていたが,今は中国や朝鮮半島にもあるとされる。事実 “Flora in China” には,Hemerocallis esculenta Koidzumi の学名で本種の記載があり,分布は「中国・日本・ロシア(樺太)」となっている。
隠岐に自生があることは,1980年頃には関係者の間で知られていたが(それ以前の記録なし),いつ誰が発見したのだろう。産地は旧西郷町中村の山地であるが(150m alt.),1ヶ所10数株のみで場所は公開できない。一般に知られると盗掘ですぐ消滅するだろう。
その後(2009)隠岐の島町銚子川の支流で大きな集団に出会った(200m alt.)。ここは断崖の途中の岩棚で人が近づけない場所。北向き急斜面の常に水が浸み出しているような岸壁で,400株は下らない。6月上旬の満開時は壮観,絶滅の不安からやっと解放された。樹木が繁ることによる今後の植生変化が気になるが,ここは岩場で樹が育たず,植生は極相状態にあると思われる。
幸い中村地区の産地についても,過去40年間環境は変化していない。ニッコウキスゲの群落もそのままで,増えもしないが減ってもいない。近くにあった稀産種コバノホソベリミズゴケ Sphagnum junghuhnianum ssp. pseudmolle もちゃんと残っている。
なお杉村喜則氏の報告によると,もう一ヶ所旧布施村にもあることになっている。事実なら是非探し出したいが,今まで他の人に気付かれていないということは,ごく小さな群落が予想される。
【2019.6.16 追記】
5月25日にこの産地を確認出来た。優に100株は越えている。隠岐で3ヶ所目の自生地である。
今まで気付かなかったのが恥ずかしい。三瓶自然館 井上雅仁氏からの情報に拠る。同行は守本智子氏。