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 オオカナワラビ Arachniodes rhomboidea

学名と和名は『日本維管束植物目録(米倉浩司 2012)』に従う。平凡社の図鑑(岩槻邦男 1992)にある,変種カナワラビ A. amabilis var. fimbriata に相当する。他の2変種,ヤクカナワラビ・オキナワカナワラビも,それぞれ独立種の扱いに変っている。

ただし和名ついては,カナワラビではなく別名のオオカナワラビを使いたい。神奈川県植物誌(山本明 2001)・千葉県植物誌(中池敏之 2003)・新牧野日本植物図鑑(2008)も,そのようになっている。

隠岐のカナワラビ属,今までに知っているのは次の5種である。
 ・ リョウメンシダ A. standishii
 ・ ホソバカナワラビ A. exilis   これら2つはイヤになるほどある。
 ・ コバノカナワラビ A. sporadosora   現在確実な産地は,焼火山麓南
    の一部。
 ・ オニカナワラビ A. caudata   個体数はごく少ないが,結構あちこちで
    見かける。
 ・ カワヅカナワラビ A. x kenzo-satakei
    雑種(コバノカナワラビ × リョウメンシダ)。海士町の知々井岬で採集,
    志村義雄教授(静岡大)の同定を得たが,今は消滅。

カナワラビ類の新発見(自分にとって)は,実に30年振りということになる。場所は海士町保々見(イモグ)の谷。杉林の中に “1株だけ” あった。大昔は一帯が棚田だったと思われる。過去には丸山先生の「島根半島 ○,隠岐 ○」があるだけで,他の人は誰も記録していない。杉村先生は「出雲に稀産,石見部ではやや稀産。隠岐での分布は不明。」としている。

『日本のシダ植物図鑑』を見たら,本州の日本海側では福井県の若狭湾まで分布,しかし非常に稀である。太平洋側には産地が多いが,関東に来るとやはり少ない。北限は茨城県北茨城市であるが,その後能登半島の七尾湾で発見されている。現在はここが突出した(例外的な)北限自生地であろう。いずれにしても,隠岐と同緯度の地域では個体数が極端に少なく,福井・石川・埼玉各県ではレッドデータ種。島根県本土側(松江市・太田市)にあるのと,隠岐にあるのとでは,その意味が異なると言ってよい。

カナワラビ類は,シダ入門時の初期に苦労したので,難しいという先入観がある。今回も一目で「何か違う」とは思ったのだが,「ホソバカナワラビの一型か?」とすぐ弱気になった。葉を1枚しぶしぶ持ち帰ったものの,期待はゼロ。ただ一点, “ソーラスが極端に辺縁寄りについている” ことだけが頼りだった。こんなに速く,明快な同定ができるとは!

次の2つの条件を満たしていれば,オオカナワラビと確定できる。
(1) 葉身は2回羽状複生。ただし,羽片基部から出る長い小羽片は除いて。
  …… つまり,切れ込み方が一回少ない。他には,オニカナワラビや
     ハカタシダも2回。

(2) ソーラスは辺縁近くにつく。中間寄りではなくはっきり葉縁。
  …… 小羽片(最終裂片)が広いので非常によく目立つ。他の種では中間寄り,
     またはごちゃごちゃ混み合って不明瞭。

実は,次の1つだけでも断定してよい。
(3) 包膜の縁に顕著な突起または長い毛がある。
  …… ホソバカナワラビとコバノカナワラビは綺麗な全縁。オニカナワラビが波状
      縁で多少デコボコ。今回の採集品は包膜の上にも毛の出る型だった。

遠くから「ホソバカナワラビではない」と見分けるには, “群生しない・広がらない” ことを確かめればよい。根茎が短いので, “株状” に固まって葉が出る。つまり株が単独・孤立的で叢生することがない。また,近寄って見た感じは“羽片間の隙間が広く疎ら” だった。これらの傾向は,ハカタシダ A. simplicior でより明白である。なお今回,オオカナワラビよりハカタシダの方が普通種で分布も広いことを知った。隠岐にも確実な記録がある。今まで諦めていたが…。とにかく,群生状に広がってはいない,株状に孤立的な,カナワラビ類は要注意。

葉の形や葉質については,文献によって書いてあることが妙に異なる。ネット上の写真も色々ある。成長状態(大小)による葉形の変化があるようだ。しかしながら,上の3つを確かめれば何も心配しなくてよい。ただし, “雑種” ができるそうなので,その問題だけは気をつけた方がよい。胞子の熟す頃もう一度行くことにする。雑種と混同していたら悲惨だ。


 【追記 2013.7.13】
2週間経ったので,ソーラス(胞子嚢群)の様子を見に行って来た。どうも “雑種” と考えるしかない。胞子嚢は萎縮した小さなものが多く,まともに育っていない。もちろん裂開して胞子を飛ばしている胞子嚢も混じっているが,そんなに多くはない。胞子を検鏡してみたら,形は比較的揃っていたが(角張った欠けらのようなものはない)大小差が大きい。小さな球形のものや,その2倍以上大きい(楕円体)ものがかなり含まれている。胞子嚢の裂開状況と胞子の揃い方を,ホソバカナワラビと比較してみたが,確かに差がある。

本体はオオカナワラビそっくりなので,以下のいずれかということになる。
 テンリュウカナワラビ A. × kurosawae Shimura et Sa.Kurata
                (= オオカナワラビ × コバノカナワラビ)
 テンリュウカナモドキ A. × akiyoshiensis Nkaike
                (= オオカナワラビ × ホソバカナワラビ)
雑種に関する情報が少なくて,どちらであるのか検討のしようがない。取りあえず,より普産種と思われるテンリュウカナワラビと考えておくことにする。

今回の採集品は,下向き小羽片の複数(第1~第3)が顕著に発達し,しかも最下羽片だけでなくその上の羽片でも同様に巨大化している。これをテンリュウカナワラビの特徴の一つにする人もいる。実はこの点だけは,あまりオオカナワラビ的でないと引っかかっていた。各種文献で見るオオカナワラビの第1小羽片の発達(大型化)は控えめで,中には全く発達しないものもある。

なお,現地付近にはオオカナワラビもコバノカナワラビもない(ホソバカナワラビは何処にでもある)。両親がそばになくて,その雑種のみがあるという状況はあり得ることである。テンリュウカナワラビについてもそういう情報がある。しかし,普通のことではないかもしれない。いずれにしても,この雑種は最近できたものではない。大昔にできた雑種のみが生残っているのであろう(根茎による栄養繁殖+雑種強勢)。捜してみたら,5mほど離れてもう一株だけあった。


 【追記 2013.8.11】
やはり気になるので,現地へ再度行ってみた(8/5)。初めて出会った種はしつこく追求した方がよい。付近を丁寧に探し,数mおきに計5株を見付けることができた。「雑種だけが5株ある」というのはかなり不自然に思える。前回とは別の2株から標本を持帰った。

ソーラスは正常で,全てに胞子嚢がぎっしり詰っており,胞子も大量に飛んでいる。胞子の大きさ・形とも揃っていて “不整” ではない。ソーラスが乾燥して来ると,環帯(胞子嚢の外皮)がはじけて反り返り,胞子をばらまく。その後すぐに,空になった環帯は丸まって元に戻る。つまり,胞子の詰った黒光りの胞子嚢が,突如すけすけの抜殻に変る。環帯というバネ仕掛が一瞬で “伸びて縮む” とは知らなかった。その変化を,実体顕微鏡下でリアルタイムに観察することができる。肉眼でも何とか見えるが。

少なくとも2株はオオカナワラビ,1株が雑種であることが判った。これは願ってもない事態だ。親と子を,生きた現物で比較することができる。テンリュウカナワラビかテンリュウカナモドキかの推測も可能かもしれない。


 【追記 2015.9.30】
この雑種はテンリュウカナワラビ A. × kurosawae で正解だった。『日本産シダ植物標準図鑑(近刊)』の “分布図草案第14集” による。タイプ産地は静岡県天竜市。

 イソテンツキ Fimbristylis pacifica Ohwi

困ったことになった。 “分布” を考えると,こんなものが隠岐にあるとはとても思えない。かと言って,それらしい別の種も思いつかない。

(a) (刺針状)花被片がない,(b) 花柱が平べったくて軟毛がある(柱頭2岐),ことからテンツキ属であることは疑うべくもない。そして,テンツキ属の検索表(星野卓二 2011・小山鐵夫 1964)をたどると,明瞭に本種イソテンツキに行き着く。

念の為に,テンツキ属の全種を一つずつチェックしてみたが,多少とも可能性があるのは,ヤマイ F. subbispicata とイソヤマテンツキ F. ferruginea var. sieboldii の2種に限られる。と言うことは,もし同定が間違いだとすると以下のいずれかということになる。
 (1) ヤマイの小穂(4-7mm×8-20mm)が縮小した。
 (2) イソヤマテンツキの花序の小穂(3-10個)が1個になった。

花茎の高さは20cm前後であったが,いじけた10cm程度のものから,よく成長した30cmに達するものまで,群落全体を丁寧に観察した。
 ・小穂の大きさは(大きいもので)幅2.5mm×長さ7.5mm
 ・花序は小穂1個ずつ(ごく稀に2個)

まだ果実が熟してないが,イソヤマテンツキの「鱗片に微細な毛がある」という特徴は確認できなかった。実体顕微鏡の倍率を40倍に上げても。かつ,花柱は「扁平でなく」(星野卓二 2011)とも言えない。ヤマイ同様「きわめて扁平」だった。

それじゃ生育の悪いヤマイかということになるが,現地はすぐ波をかぶる塩湿地で,シオクグと並んでスクスクと大きく育っている。しかしヤマイはもちろん,イソヤマテンツキと比べても小穂が小さすぎる。花茎の太さとのバランスが異なる。採集品は苞が直立して長く,小穂がポツンと側生する印象で,花序が全然目立たない。

分布(日本固有)は,一言でいえば「伊豆諸島と南西諸島」。それぞれ複数の島々で自生が確認されている。尖閣諸島にもあるという。本土側で確実なのは,高知県・鹿児島県の一部だけのようである。高知県は南西部の土佐清水市(タイプ産地)付近の数ヶ所。鹿児島県も島嶼以外は記録がほとんどない。

熊本県:天草市,徳島県:阿南市,の古い記録があるが「現状不明」らしい。熊本県の場合,『熊本県植物誌(1969)』で既に,「標本と記録が残されているだけ」となっていた。

主な産地が伊豆諸島と南西諸島。隠岐にイソテンツキという結果は,どうも承伏できかねる。やはり,ヤマイかイソヤマテンツキが一時的に変形したものではないのか?続けて観察すれば何か判るかもしれない。結論を急ぐなら,専門家に同定を依頼してもよいが。

 【追記 6/27】
過去に見たイソヤマテンツキのことを思い出していたら,「ヒョッとして」という気になった。早速,海士町で昔(25年前)見ていた場所を再訪。今年の旱天続きのためか,・小さな小穂が,・1個ずつついていた。かつての同定は全く覚えてないが,枯残った昨年の花序に,・大きな小穂が,・束になってついていた。間違いない。

“鱗片の微毛” ,確かにあることはあったが,高性能のルーペでも難しかろうというほどの,文字通りの微毛。しかも,あったりなかったり,新鮮な穂でないとすぐに落ちてしまうようだ。 “扁平でない花柱” も “きわめて扁平” に見えた。検索表は標準形についての一般論である。一辺倒は安易に過ぎる。

何よりも現地で花茎を握った時,「昨日のと同じものだ」と感づいてしまった。推測だが,ハリイはもう少し柔らかく,イソテンツキはもっと細いはずである。

イソテンツキでなくて残念とも言えるが,むしろホッとしている。身辺がうるさくならなくてよかった。しかし以上は,決定的な反証とはなっていない。安心のために観察を続けた方がよい。

 スジヌマハリイ Eleocharis equisetiformis

稀産種として知られている。全国18県の記録があるが,どこも絶滅寸前か絶滅,唯一大丈夫そうなのは千葉県だけだと思った。山形・熊本の2県はレッドデータ種に指定していないが,どんな状況なんだろう。

分布も相当変っている。東北と九州に産地があるのに,その間の “近畿・中国・四国” では隠岐と徳島県の2ヶ所だけ。なぜ徳島なんだ! しかも隠岐は,全国唯一の“離島”の産地。

『レッドデータブック(環境庁編,2000)』
  (:生育,:現状不明・文献情報,×:絶滅)
『都道府県レッドデータブック』 ※ 統一カテゴリーに変換。
  (:絶滅,Ⅰ・Ⅱ:絶滅危惧,:準絶滅危惧,:情報不足)

( 1) 青森   [
  「産地が限られ開発等により減少している。…県内では小川原湖・姉沼周辺に産する。」
( 2) 宮城   [
   ※ 『宮城県植物目録2000』での標本産地は3地点。
( 3) 秋田   [
  「県内の分布 能代,寒風山,船越…分布限定」
( 4) 山形   [-]
   ※ 『新版 山形県の植物誌(結城嘉美,1992)』には記載なし!記録の出典不明。
( 5) 福島   [
  「本県では会津坂下町と相馬市でしか確認されていない。」
( 6) 茨城   [
  「現状不明」
( 7) 埼玉  - [Ⅰ]
  「個体数は極めて少なく100 未満。二次メッシュによる分布では1区画のみ…」
( 8) 千葉   [
  「県内では初め成田市竜台の利根川河川敷で確認された(1989.4.22, 谷城勝弘…)。その後、両総用水の導水路沿いの各地の休耕田や水田で見出された。剛強な根茎を伸ばして繁殖するので、水田の強害草となる危険性がある。」
( 9) 神奈川 × [
  「1951年に川崎市多摩区,1988年に横浜市都筑区で採集されたが,いずれも今はない。都筑区のものは宅地造成地内にできた湿地で採集されたもので,他から持ち込まれた土砂などに混入したものか,水鳥により持ち込まれたものに由来する一時帰化と思われる。」
(10) 新潟   [
  「稀少,局限・孤立…県内では西蒲原に分布が記録されている。」
(11) 山梨   [
   ※ 『山梨県植物誌(1982)』には記載なし。
(12) 長野  - [
  「出現するメッシュ数2」 (※ 県内の総メッシュ数は 615)
(13) 島根   [
  「県内では隠岐(島後)にのみ生育地が知られている。」
(14) 徳島   [
  「県内の生育地は少なく,個体数も極めて少ない。…徳島市・阿南市・小松島市に記録があるが,現在生育は確認できず,絶滅の可能性もある。」
(15) 福岡   [
  「北九州市若松区,遠賀町,若杉山,広川町,八女市に6カ所の標本産地があるが,現存するのは若松区の1カ所だけで,2カ所は農地の改良工事などで絶滅し,3カ所では再確認されていず,現状不明である。現存産地は埋立地内の湿地で5平方メートルの群落があるのみ。土地が処分されると,開発により消滅する懸念が大きい。」
(16) 熊本   [-]
   ※ 『熊本県植物誌(1969)』では,「稀:熊本市(花園,画図)」。
(17) 宮崎  × [
   ※ 『みやざきの自然』(南谷忠志,2004)より引用。
「高鍋町松本には、湿田が多く、湿生植物に面白いものがいくつかみられる。1981年5月,その中に,それまで宮崎県では未確認のスジヌマハリイを発見した。…本種の分布は少なく,九州では福岡と鹿児島に僅かに自生地があるだけで,…高鍋町のものも1984年以来,姿を消している。原因は,湿田の放置により,次第に高茎の水田雑草が侵入し,駆逐されたものと考えられる。」
(18) 鹿児島  [
   ※ 『改訂 鹿児島県植物目録(初島住彦,1986)』の標本産地3ヶ所。

隠岐では “油井の池” にあることが知られていた。杉村先生の発見か?ただ,池の中央部だそうでゴムボートでも持込まないと観察ができない。地元でも実際に見たことのある人はゼロかもしれない。他に,杉村先生の「五箇・津戸」の記録があるが,これはもう残っているとは思えない。

西郷の旧飛行場近く(岬地区)に小さな池がある。自然のままの池(沼)は,もはや隠岐では奇跡に近い。去年ここで怪しげなハリイ属を見ていたので,そろそろいい頃かと興味津々で見に行った(2013.6.10)。本種との初めての対面が実現。果実は未熟だったが,同定は難しくなかった。以下の順で確かめるとよい。

 1)柱頭は2岐,痩果の断面は両凸形。
    ----- 要するにレンズ形で平べったい。
 2)鱗片の長さ約5mm以上,柱基は痩果の約1/3。
    ----- “柱基” は,痩果(タネ)の頂部の付属物(三角形)。
 3)有花茎は縦の稜が目立つ。 (高さ40cm前後,径2mm弱の円柱形)
    ----- 和名の通り。目で見て溝状,触ってみてもよく判る。
 4)株を作らずゆるく叢生する。茎はやや硬く,灰青色の印象。
    ----- 3)と併せ,花期ではなくても同定可能。

なお, “刺針状花被片” のあるものを,ヒゲスジヌマハリイ f. setosa として区別することがあるが,今回のはこの “ヒゲ”の方 だった。

同属のオオヌマハリイ E. mammilata を,丸山先生が隠岐と島根半島で記録している。杉村先生は赤来町(中国山地の山間部)のみ。これも珍しいものだし,スジヌマハリイと混同するようなものでもない。『日本草本総検索誌(杉本順一,1979)』にも「隠岐」が出て来るのは不思議。「稈は中空で,つぶすとピチンと発音する。」らしい。

以下はある人に送ったメールの一部。
---------------------------------
実は上記の池,後一ヶ月以内に消滅します。兄ちゃんがブルを入れて,一生懸命埋め立てていました。隠岐の島町の仕事だそうです。「牛が汚れた水を飲んで,病気をもらうので」と言っています。役場の指示でしょう。私は「嘘をつけ!」と思いました。一頃の牛の伝染病騒ぎが関係している気がします。島前でも島後でも林道(私道ではない)にイヤな立札が立ちました。「牛の衛生に悪いので無断で侵入するな」という意味の。人間の衛生は?蝿と糞をまき散らしていますけど。無意味な牧場化による自然破壊もいい加減にして欲しいし。

池の水が伝染病と関係あるんでしょうか。そもそも昔から,「汚い水を飲んで病気になった牛」の話を聞いたことがありません。間抜けな牛が下痢ぐらいはしたかもしれませんが。隠岐の一つの植物種(昆虫も)が絶滅するのと,牛の腹下しとどっちが大事なんでしょうね。池の周りを鉄条網で囲めば済むことでしょうし,その方がずっと安上がりだと思います。

法的なことはよく知りませんが,最近は簡単に削ったり埋めたりはできないはずなんですが。或は,県または役場の自然保護担当が「よし」と言ったんでしょうか。無知は一種の犯罪(悪意はないが)だなと思いました。と言ってる私も,池の存在を知ったのは一昨年です。ハッとなって一目で緊張しましたが,一般の人は「雑草だらけの汚い池だ。埋めてしまえ!」と思うに違いありません。

 オオハリイ Eleocharis congesta f. dolichochaeta

 ※ 学名はどれを使うべきかはっきりしないので,一番新しい『日本維管束植物目録』(米倉浩司,2012)に従う。

大井さんは(日本植物誌・日本の野生植物),ハリイ E. pellucida との区別をしていないが,保育社の原色図鑑(小山鐵夫,1964)には,検索表付きでちゃんと解説されている。しかも,ハリイとは “亜種” のレベルで分けて。小山博士による上記学名での新記載は1961年。

今まで島根県の記録がないのはどうしてだろうか?
 (1) オオハリイを知らなかった。
   … 保育社の図鑑が出る前の時代ならその可能性が強い。
 (2) 知ってはいたが,ハリイと区別しない(同一種)という見解。
   … 頑固な人か,詳しい人のどちらか。生育状況による変化があるの
    かもしれない。
 (3) ハリイだろうと思って見落した。
   … 姿・形がはっきりと違って見えるのだが…。半素人の自分も気付いた。
 (4) そもそも出会っていない。
   … ハリイより稀なものらしいのでこれもあり得る。私自身ハリイを知ってから
    40年目になる。

場所は隠岐の島町(今津)の “休耕田” 。刈株の痕跡がないので “耕作放棄田” と言うべきか。部分的に湧水があるのであろう,沼になっている場所があってそこに群生していた。このところの旱天続きで水が乾き泥が露出しているが,踏込むには勇気が要る。

単純に言えば和名通り「大形のハリイ」。茎(有花茎)が太いのが目につき,ハリイのような繊細さが感じられない。更に,茎が立上がらず放射状に開出,株が円盤状に開いて見えた。ハリイなら中央部の茎は立上がって,半球状に盛上がるはずである。それに,柔らかい沼の様な場所でハリイを見たことがない。しばしば,小穂の基部から芽が出る(クローン株)らしいが,ここの群落では “捜せばそんなのもある” という程度だった。

問題はハリイとの区別だけ。検索表は以下のようになっている(小山鐵夫,1964)。
 ・オオハリイ 穂は長さ6-8mm,巾は2.5-2.8mm,鱗片の長さは2-2.5mm。果実の長さは1.2mm。 〔稈の径:約0.8mm〕
 ・ハリイ   穂は長さ3-4mm,巾は1.5-2mm,鱗片の長さは1mm位。果実の長さは0.8-1mm。 〔稈の径:約0.2-0.4mm〕

  ※ 〔稈の径〕は,検索キーになっていないが,目視ではっきり判る差である。ただし,沈水状態のオオハリイは茎が細くなるという。

以下の検索表も有益である。『神奈川県植物誌2001』(堀内洋)
 ・オオハリイ 雄しべ2(~3)個。痩果本体は柱基を除いて長さ1mmくらい。刺針状花被片は柱基より明らかに高く痩果本体の1.5~2倍長。
 ・ハリイ   雄しべ1~2個。痩果本体は柱基を除いて長さ0.7~0.8mmくらい。刺針状花被片は痩果本体と同高~柱基と同高かやや高い程度。


数値を見て “微差” と思ってはいけない。 “大差” である。しかし,スケール付のルーペが必要になる。 “花茎が長い・小穂が大きい” で見当をつけ, “鱗片の長さ” で判断するのなら物指でも大丈夫。ともかく,初めて知った種だが同定に不安を感じない。また蛇足ではあるが,学名の f.(form.)を見て「なんだ品種か!」と思わないよう。ハリイの品種なのではなく,母種は日本に産しない種である。

以下は『神奈川県植物誌2001』から抄出。
 「オオハリイ …… 周年的に水位が安定した池の縁や谷津田の奥の,常に水があるような湿田の休耕田などで,ほかの草と混生していることが多く,ハリイに比べより自然で攪乱の少ない環境に生える傾向がある。」
 「ハリイ …… 水田周辺など周年的に見て乾燥を伴う水位変動がある場所や,時折攪乱を受ける場所にも生えることができるので,しばしば裸地的な環境にも生え,安定的な立地を好むオオハリイよりも生育環境の幅が広く,オオハリイより寒い地域まで分布している。 …… やや判断に迷うが生活型,生育環境,形態の違いを総合的に判断してオオハリイとは別種として扱う。分類群の階級をどう扱うかは別として,両者は上記のように形態的に明らかに区別できるので,まったく同じものとして扱うべきではない。」

分布についていては,分類に混乱があったこともありはっきりしない。『保育社の図鑑』の段階では「本州(東海地方以西)・四国・九州」となっていたが,「神奈川・千葉・茨城県」にも確実に自生がある。茨城県は隠岐と同緯度で,この辺りが “北限” という事もあり得る。

 【追記 2015.7.14】
今回別の産地でも確認した。自然度の高い林内の小湿地である。嬉しくなって調べてみたら,2006年にも放棄された湿田で採集していた。ハリイほど普通ではないが,超希産という訳ではなさそうである。

前回「島根県の記録がない」と書いたのは間違い。2014年刊の『杉村喜則氏収集植物標本目録(Ⅱ)』に,6ヶ所の標本が挙がっていた。しかし,同氏の『島根県の種子植物相(2005)』からは抜け落ちている。同様に,ヤリハリイ E. ×subvivipara もない。この “目録” は,こんなうっかりミスがあちこちにあって油断できない。

「茎が立上がらず放射状に開出,株が円盤状に開いて見えた」という生育形に不安を感じていたが,水が深く他の混生種がないというやや例外的な環境によるものか?今回の姿は,まばらに直立あるいは不規則に倒伏,高さは20~40cmで株状には見えなかった。

花茎に稜があって正五角形であることに驚いたが,稜については変化があるそうである。前回一番印象強かったのは,稈の太さであったが,今回は50cmに達する高さと,基部の赤紫部分の広さ(長さ)だった。ハリイとは比べものにならない。

 【追記 2015.7.16】
ハリイとオオハリイの見分け,簡単か?と思っていたがそうでもない。単に変異を知らないだけだった。確かに典型的なものについては一目で分かる。まだ昨日一日見歩いただけなので確実なことは言えない。以下は自分向けの中間報告(仮説)の積りである。

(1) オオハリイの方がずっと稀の積りだったが,今日はむしろオオハリイの方が
  多くて驚いた。
(2) 稈の高さ20cm(代表値で)がボーダーライン。安易過ぎる基準だが,ハリイが
  20cmを越えることはまずない。一方オオハリイは稈の大半が20cmを軽く
  越える。
(3) ハリイはコンパクトな株を作り,直線的に斜開する(放射状)。オオハリイの
  方は,・平開したり・カーブしたり・倒れたり,とにかくだらしがない。
  端正 vs. 乱雑。
(4) ハリイのよく成長したものはオオハリイに似てくる。検索表の数値からはみ
  出すこともある。その時は結構悩ましいが,刺針状花被片の長さが意外に有益。
  逆に,オオハリイが生育不良でハリイと紛らわしくなる状況は考えにくい。
(5) 時に中間型も現れるそうである。そういう時は一時的に“中間型”と同定して
  おくのも一案。判断できない型はハリイに含めてしまうのも一案。
  「何が何でも今すぐ正解を」と力むのは精神衛生上得策ではない。
(6) オオハリイは株元に常に水があるような場所を好む。不定芽(クローン株)が
  ぎっしり着いていればまずオオハリイ。
(7) オオハリイの稈は,時に稜が明瞭な整った多角形になることがある
  (正5~7角形)。

          ⇒ [オオハリイ 再説 2015.10.5]
プロフィール

T.Tango

Author:T.Tango
 丹後 亜興 (隠岐郡海士町)
   tttt@tx.miracle.ne.jp
 
 フィールドは隠岐に限られますが植物歴40数年。ブログの目的は「植物を調べている隠岐の人」への情報提供です。しかし外部の方の参考にもなるよう,汎用性のある記述を心がけます。
 地元密着型の軽めの記事(日記)も,「隠岐版」と断って混ぜることにします。
 質問や地元の植物ニュースは歓迎です。

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