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 ワケノカワヤナギ Salix × mictostemon Kimura

※ 以下は地元誌の原稿として書いたものだが,隠岐以外の人の目に触れる機会が少ないので,ここにアップする。情報が皆無に近いワケノカワヤナギのために。樹形写真は省略。ブログの引用部分は再掲。

「和気の川柳」は,岡山県和気郡熊山村の吉井川流域をタイプ産地として,大正15年に新記載された。昭和5年の『岡山県内生物目録』には記録されているが,その後長い間絶滅したものと考えられていたという。やっと最近になって再発見されたが(1999~2002),まだごく一部のヤナギ研究者にしか知られていない。実に70年近く,所在不明または忘れ去られていたことになる。分類の難しさ故に,ヤナギ類に取組む人が少ないこともその一因であろう。

ところが,そのヤナギが隠岐にも自生していることが確認された(2013)。たった2地点で個体数もわずか,近い将来の絶滅も心配されるのでその現状を記録しておきたい。

 1. 隠岐での分布
昨年から今年(2013)の2年間,ヤナギを捜して隠岐全域を歩いて回った。主な場所は一応チェックした積りであるが,本種には以下の2ヶ所でしか出会わなかった。ヤナギには雄木と雌木があるのだが,両所とも雄木ばかりである。
 (a) 隠岐神社横の川原(海士町中里)  -------- 流れの中の沼地に大木があったが大風で倒れ,その周辺に若木が数本育っている。
 (b) 小国賀の浜(西ノ島町浦郷)  -------- 砂浜に小さな流れがあり,その近くに幼木が2-3本。

隠岐に普通に見られるヤナギはオオタチヤナギとネコヤナギばかり,その他のヤナギはあっても局所的で本数もごく少ない。すべてが “絶滅危惧” の状態で,消滅の恐怖が現実のものとなっている。上記の2地点は今年から,筆者にとって“特別な場所”となった。

 2. 確認までの経緯
図鑑の “検索表” をたどっていて,「カワヤナギ,又はエゾノカワヤナギ」の所で行き詰って先へ進めなくなった。そこまでは必然なので,この2つの内どちらかとせざるを得ない。しかし,どちらとも微妙に違う。ピッタリではない。ということは,この検索表から漏れているということか。つまり新種?

いくら何でも,日本の低山地の樹木でそんな事態は起こり得ない。隠岐は北海道ではないので,エゾノカワヤナギ(北海道固有)があるはずはない。ならばカワヤナギにしてしまえとも思ったが,どちらかというとエゾノカワヤナギにより近い。困った,不思議だ,と長く悩んだ末に,やっと“雑種”の可能性に気付いた。確かに雑種も含めた “検索表” はない。図鑑類には雑種の検索表はおろか説明もなく,よくても解説欄の末尾に名前が羅列される程度。

だから雑種と推測できても事が簡単になるわけではない。しかし突然,『岡山県版レッドデータブック』に雑種ワケノカワヤナギが登載されていたのを思い出した。以前に読んだことがあったらしい。名前からしてカワヤナギに近いもののようなので,一縷の望みをかけた。執筆者は岡山県のヤナギ研究家,片山久氏である。幸運だったと思う。この “気付き” がなければ,何時までも訳の分らないままで終っていたことだろう。

隠岐神社横のヤナギについて,特徴を10個ほど挙げてメールで教えを乞うた。ひょっとしたらという程度の期待だったが,「これらの特徴は,ワケノカワヤナギそのものです」という回答を頂いた。添付されていた岡山県産の雄花の写真ともピッタリ一致する。名前が明らかになった瞬間は,植物をやっている者にとって至福の時である。

更に確実を期すために,“花付きの生きた”枝も送り見て頂いた。ヤナギの同定には花が絶対に必要で,花に基づかない判断は信頼性が薄い。「まさにこれがワケノカワヤナギです」との返信。なお,標本は片山さんのご尽力で倉敷市立自然史博物館に収蔵された。隠岐に自生することの証拠標本となる。

 3. 学名・雑種
現在の学名は Salix × mictostemon Kimura で,ジャヤナギとカワヤナギの雑種と推定されている。原記載は独立種となっているが,何時誰が雑種だということにしたのか?

『日本のヤナギ科』(“Saliaceae of Japan” H. Ohashi, 2001) から逆にたどると,どうも『日本樹木総検索誌』(杉本順一,1961)が初出のようである。そこには,以下のようになっていた。

「S. × microstemon Kimura ワケノカワヤナギ 間種(カワヤナギ × ジャヤナギ?).
   [産]本(岡山).---川畔.」

片親ジャヤナギ S. eriocarpa については,当時オオタチヤナギ S. pierotii という種概念がなくジャヤナギと同一視されていたことを考慮すべきである。今なら,より普通に分布し日本在来種でもあるオオタチヤナギと考えるべきではないか?その方が自然な推定だと思う。更に付言すれば,隠岐にはオオタチヤナギはありふれているが,ジャヤナギの確実な記録はない。

なお,種小名micto(混じった) と micro(小さな)の混乱は当初から続いていたが,micto が正しい。stemon は雄蘂の意味。

ワケノカワヤナギが発表されたのが,ヤナギ科の分類を大成された木村有香博士26歳の時,そして平凡社の図鑑のヤナギ科を執筆されたのが89歳。96歳で逝去される前年までヤナギの研究を続けられたという。この図鑑によって,ヤナギが素人にも手が届くようになったという感が深い。ここにワケノカワヤナギは現れないので, “雑種” であることを博士自身も承認されていたものと思われる。

まだほとんど知られていない種なので,全国的な分布状況は不明であるが,岡山県北部の一部と隠岐に自生することは明らかになった。私信によると,片山さんは中国地方を歩き,島根県・鳥取県・兵庫県でも確認されたらしい(それぞれごく一部)。個体数が少なく珍しいものだとしても,分布は更に広がるかもしれない。

 4. 特徴の詳細
以下に,同定に行き詰って困っていた頃に書いたブログの一部を再掲する。細かく面倒な話になるがヤナギを学ぶためには避けて通れない。また,これがそのままワケノカワヤナギの特徴の解説になっているし,「本当の事かな?」と疑う人の説得にもなる。

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 【隠岐にエゾノカワヤナギ??】

B.腺体は1個(腹腺体)ある。
 C.雄蕊は2個ある。
  D.花糸は全長にわたり合着する。苞の上部は黒色である。
…… ここまでは疑う余地がない。「苞の上部は黒色である」に問題があるが,そうかと言って「D.花糸は離生する。」ではあり得ない。なお,花糸の上部が合着し切れないY字形の雄蕊も少数混じるが,これは変異の範囲内であろう。保育社の図鑑のカワヤナギの図がそうなっている。

   E.花糸は下部に毛がある。成葉は両面とも無毛である。
…… 「E.花糸は無毛である。」とは明らかに違う。成葉の観察は不十分だが,毛はなかったと思う。

    F.成葉は常に互生する。枝端の若葉は先端部を除き縁は裏側に巻き,両面に白色軟毛があるが,やがて無毛となる。
…… 「F.成葉はふつう対生,またはやや対生,あるいは互生する。」のは,イヌコリヤナギとコリヤナギであるが,明らかにこの2つ(隠岐では栽培種)ではない。

“枝端の若葉”の特徴。ほぐれかけた新芽は今のところ“裏側に巻いても反っても”いない。この点に関しては文献によって微妙に表現が異なり検討を要する。以下はカワヤナギについて。
『神奈川県植物誌2001』:
 春季の新葉は伏綿毛が密生し内巻するが,しばしば二次的に外旋する。
『山口純一氏のWebサイ』ト:
 筆者の観察では新葉は展開を完了するまでの間に、側縁が裏側に軽く弧状に
反る

     G.今年生の枝は早く無毛になる ----------------- エゾノカワヤナギ
     G.今年生の枝に灰色の細軟毛が密生し,この毛は前年生の枝では汚灰色
になり,所々に残る。枝端の若葉の毛は特に密生する --------- カワヤナギ

検索表に従う限り,どうしてもこの2つのいずれかになってしまう。そして枝は無毛なのでエゾノカワヤナギになる。「枝端の若葉の毛は特に密生する」とも思えない。現在,芽が半分ほどほぐれているが葉面に毛はほとんどない。もちろん今後生えて来るはずもない。

これはエライ事になった。エゾノカワヤナギ Salix miyabeana ssp. miyabeana は,日本では北海道にしかないことになっている!どうも釈然としないが理屈の上ではこうなってしまう。カワヤナギ S. miyameana ssp. gymnolepis であれば,過去の記録はあるのだが…。

“分布” 以外に気になる点。
 (1) 花の時期 …… 両種とも“花が葉の展開前に咲く”ことになっている。どう考えても“葉の展開と同時”に咲いた。しかしこの点に関しては,平凡社図鑑のエゾノカワヤナギの記載が「(花穂は)葉より先または同時に現れ」となっていた。“または同時”の一語に救われた。

 (2) 苞の形質 …… いわゆる「上部は黒色」グループとははっきり異なる。花穂の一部が微かに淡紫色がかる“こともある”程度である。「両面にふつうは長軟毛をしき」: 長軟毛は辺縁以外はごく疎らであるが,“ふつうは”と断ってあるので変異の範囲内かもしれない。「倒卵状へら形」: へら形と言うには下部のくびれがやや少ない。
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かなり無理のある苦しい検索であるが,ここで引っかかっている点こそまさにワケノカワヤナギの特徴を示すものだ。そして,検索表にうまく当てはまらない(行き先がない)ことが雑種の可能性を強く示唆する。

 (1) 花は葉の展開と同時に咲く。
 (2) 苞の先端が,黒く色付かない。
 (3) 苞の長軟毛はごくまばらで密生はしない。
 (4) 苞は「倒卵状へら形」というが,下部がくびれず“長い舌状(3×1mm)”。
 (5) 完全には合着し切らない上部が2分岐した花糸が混じる。
 (6) 展開中の若葉の外反が顕著ではない。
 (7) 成葉が無毛である。

検索表からはカワヤナギ(エゾノカワヤナギ)に近いという結果になるが,ここに列挙した問題点はその反証になっており,逆にオオタチヤナギ(ジャヤナギ)寄りを示す。唯一 (5) が両者の中間的な特徴となっていて,花糸が2本のオオタチヤナギを明瞭に否定する。

花糸2本がオオタチヤナギ,花糸が完全に合着して1本がカワヤナギ,両方が中途半端に混じっているのがワケノカワヤナギである。種小名の通り mictostemon(混じり合う雄蕊)が最も重要な特徴であることは,原記載に照らしても明かである。

 〔付記〕
島根大学講師杉村喜則氏の標本目録に,次の記述がある。
 ・ カワヤナギ   海士町日ノ津 (1983.5.26)
 ・ 不明種(3点)  海士町中里~福井 (1983.5.27)

日ノ津~隠岐神社間は歩いて1時間以下。この範囲には今はオオタチヤナギしか見られないが,この不明種がワケノカワヤナギだったのではないか?オオタチヤナギやカワヤナギが“不明種”ということはあり得ない。隠岐神社の同一場所での採集という可能性も大いにある。杉村先生の当時の苦労が偲ばれる。

 5. 文献情報
ワケノカワヤナギに関する文献を捜してみたが,以下のもので全部。この程度の情報では,忘れ去られるのも無理はない。

 『植物学雑誌』(木村有香,1926)
…… 新種 Salix mictostemon Kimura の詳細な原記載。ただし全文ラテン語。昭和初期の学術誌の論文,普通の人の目に触れる機会はまずない。

 『訂正増補 日本植物総覧』(牧野富太郎・根本莞爾,1931)
「S. Microstemon Kimura 〔in B.M.T. ⅩL. 636(1926)〕
ワケノカハヤナギ  葉稍カハヤナギに類し・花穂に於て花は疎生・苞は黄緑色・
 外面基部に毛茸あり・二雄蕊花及一雄蕊花混生・二花糸は種々の高さに癒着・
 花糸基脚毛茸あり    本州(中部)」

 『日本樹木総検索誌』(杉本順一,1961)
 (既出)

 『新日本植物誌 顕花篇』(大井次三郎・北川政夫,1983)
「S. × microstemon Kimura  ワケノカワヤナギ  カワヤナギとジャヤナギの間種」

 『A Systematic Enumeration of Japnese Salix (Salicaceae)』(H. Ohashi,2000)
「Salix × microstemon Kimura
  = Salix eriocarpa × S. miyabeana subsp. gilgiana (Seemen) H.Ohashi」

 『Saliaceae of Japan』(H. Ohashi,2001)
「Salix × microstemon Kimura」

 『Flora of Japan』(H. Ohashi,2006)
「Salix × mictostemon Kimura
  = Salix eriocarpa × S. miyabeana subsp. gilgiana」

 『日本維管束植物目録』(村田仁・米倉浩司,2012)
「Salix × mictostemon Kimura ワケノカワヤナギ(ジャヤナギ×カワヤナギ)」


プロフィール

T.Tango

Author:T.Tango
 丹後 亜興 (隠岐郡海士町)
   tttt@tx.miracle.ne.jp
 
 フィールドは隠岐に限られますが植物歴40数年。ブログの目的は「植物を調べている隠岐の人」への情報提供です。しかし外部の方の参考にもなるよう,汎用性のある記述を心がけます。
 地元密着型の軽めの記事(日記)も,「隠岐版」と断って混ぜることにします。
 質問や地元の植物ニュースは歓迎です。

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