ヒロハヤブソテツ Cyrtomium macrophyllum なるもの
ヒロハヤブソテツらしきものを初めて採集した(2014.5.7)。地元の人も入らない(大蛇が棲んでいるという)陰湿な谷の渓流沿い,岩上の斜面に1株だけ。「沢筋の転石地などに見られ、高い湿度と半陰地を好む。(光田重幸,2002)」とあるが,まさにピッタリの環境だった。全国的にもあまり多くないものだそうである。隠岐では今頃になって初記録,極端に少ないのに違いない。
難しいとされているヤブソテツ類だが,ヤマヤブソテツ C. fortunei var. clivicola 以外のものは明瞭に否定できた。以下,ヤマヤブソテツとの区別のみを考える。しかし,材料は1株だけ,おまけにヤマヤブソテツもよく知らない。主に文献に基づく情報で隔靴掻痒の感があるが,現状での判断の基準を明瞭にしておきたい。同定を疑っている訳ではないのだがかすかな不安がやはりある。
両者の比較ができるように,(1)~(5)それぞれの文献を自分なりに編集した。典型的なヤマヤブソテツは一目で分かるほど違うものだが,時に羽片の数が少なく幅も広いタイプが出るようで,それが問題である。ただ,この “広葉タイプ” の詳しい記載・図・標本写真は見付からなかった。
****** 対照表 ******
【C】:ヤマヤブソテツ var. clivicola
【M】:ヒロハヤブソテツ var. macrophyllum
(1) ------------------ [M. Tagawa, 1934]
【C】 羽片は約10対,頂羽片は側羽片より小,葉柄の鱗片は全体に密生する。包膜は鈍歯縁。
羽片の辺縁には歯牙状の欠刻があり,又小鋸歯もある。
・・・ 耳片も大抵発達し,鎌身状に強く曲っている。
【M】 羽片は2~8対,頂羽片は側羽片と同大又はそれより大,葉柄の鱗片は下半に密生する。包膜はほとんど全縁。
羽片は殆ど全辺又は稍々波状の凹凸あり微鋸歯もある。
・・・ 羽片は極めて短い柄があるか又は無柄。基脚は円形又は鈍円形。
(2) ------------------ [J. Sugimoto, 1979]
【C】 羽片は基部が切形~広楔形で丸味がない。葉柄の鱗片は特に下半部に密生することはない。
【M】 羽片は幅広く基部円くて殆ど全辺か,少し波状歯牙あるのみ。葉柄の鱗片は特に下半部に密生する。
(3) ------------------ [K. Iwatsuki, 1995]
【C】 側羽片は普通10~15対,幅は通常4cmまで。
・・・ 時に5~10対,または15~20対。時に,包膜の縁が不規則に切れ込む。葉の色は淡黄緑。
【M】 側羽片は2~8対,最大幅は4cm以上。
・・・ 羽片の基部は円い。包膜は全縁。葉の色は淡緑。
(4) ------------------ [A. Yamamoto, 2000]
【C】 羽片の数は多く,ふつう10対以上つき,幅が狭い。
・・・ 羽片の基部の耳片は,はっきりしていることが多い。
【M】 羽片の数は少なく,多くても10対前後で,幅は広い。
・・・ 羽片の基部は丸く,中軸との間にほとんど隙間がない。頂羽片が大きくなることが多い。
(5) ------------------ [T. Nakaike, 2003]
【C】 羽片には耳片がある。
・・・ 羽片の幅は基部から中間部にかけてほぼ平行。
【M】 羽片には耳片がない。
・・・ 羽片基部は円形で頂羽片は下部側羽片と同じ大きさ。
****** 観察結果 ******
※ ヤマヤブソテツは,推測に基づく “広葉タイプ” を意味する。
(a) 計7枚の葉が着いていて,側羽片の数は以下のようになっていた。小数0.5が付くのは,中軸左右で羽片数が1違う時。5~6が基本数であることが分かる。少なくともこの株に関しては。
4.5, 4.5, 5, 5.5, 6, 6.5, 7
(b) 側羽片の最大幅は4cmをはっきり越える。しかも最上部の羽片でも3cm以上と広く,葉面の上下であまり差を感じない。一方ヤマヤブソテツの羽片は,上に行くほどどんどん小さくなるような気がする?
(c) 側羽片の基部は丸味が強く(斜円形),決して切形~広楔形ではない。輪郭は長卵状でふっくらとした凸曲線, “中間部で平行” になるようなことはない。
(d) 時に耳片状の膨らみが出る羽片も混じるが, “耳片がある” とは感じない。ヤマヤブソテツは,尖り気味のはっきりした耳片が現れるはずである。
(e) 頂羽片は大きくてよく目立つ。葉頂の1-2対の羽片より幅が広い。
(f) 包膜の縁は殆ど全縁で切れ込みは皆無。
(g) 羽片は柄が短く中軸に接し,被さるようにつく。これは羽片の丸味と共に非常に印象的。今回の採集品に限って言えば,羽片同士も重なり勝ちで葉面が混み合って見える。
(h) 葉面の色は,光沢の全くないくすんだ淡緑色。黄色味は感じられない。
(i) 葉柄下部の鱗片は大きいが上部付近で急にまばらで,小さくなる。一方,少なくともオニヤブソテツやヤブソテツでは徐々に少なく(小さく)なって行き急な感じはない。しかし微妙な差なので,ヤマヤブソテツの現物を探し出して鱗片の状態を比べてみる必要がある。比較は通常(典型)タイプでもいいだろう。
(j) 包膜の中央部が淡褐色に色付いていた。多くの文献で「包膜は灰白色」となっていて,2色になるのは変種ツクシヤブソテツ var. tukusicola の特徴とされる。大分悩んだが,葉形はツクシヤブソテツとは全く異なるので色は変異の範囲内と考えることにした。鋸歯も含め包膜の形質は,それほど安定してないかもしれない。
その後,『Flora of China』を見たら,包膜の色には言及なし。そして,3種類の図版いずれも中央部が黒ずんでいた。中国では変種ツクシヤブソテツを分けてはいないが,少なくとも図版1枚の葉形はツクシヤブソテツのものではない。
以上これといった決め手はないが,取りあえず(b),(c),(d)に注目。
難しいとされているヤブソテツ類だが,ヤマヤブソテツ C. fortunei var. clivicola 以外のものは明瞭に否定できた。以下,ヤマヤブソテツとの区別のみを考える。しかし,材料は1株だけ,おまけにヤマヤブソテツもよく知らない。主に文献に基づく情報で隔靴掻痒の感があるが,現状での判断の基準を明瞭にしておきたい。同定を疑っている訳ではないのだがかすかな不安がやはりある。
両者の比較ができるように,(1)~(5)それぞれの文献を自分なりに編集した。典型的なヤマヤブソテツは一目で分かるほど違うものだが,時に羽片の数が少なく幅も広いタイプが出るようで,それが問題である。ただ,この “広葉タイプ” の詳しい記載・図・標本写真は見付からなかった。
****** 対照表 ******
【C】:ヤマヤブソテツ var. clivicola
【M】:ヒロハヤブソテツ var. macrophyllum
(1) ------------------ [M. Tagawa, 1934]
【C】 羽片は約10対,頂羽片は側羽片より小,葉柄の鱗片は全体に密生する。包膜は鈍歯縁。
羽片の辺縁には歯牙状の欠刻があり,又小鋸歯もある。
・・・ 耳片も大抵発達し,鎌身状に強く曲っている。
【M】 羽片は2~8対,頂羽片は側羽片と同大又はそれより大,葉柄の鱗片は下半に密生する。包膜はほとんど全縁。
羽片は殆ど全辺又は稍々波状の凹凸あり微鋸歯もある。
・・・ 羽片は極めて短い柄があるか又は無柄。基脚は円形又は鈍円形。
(2) ------------------ [J. Sugimoto, 1979]
【C】 羽片は基部が切形~広楔形で丸味がない。葉柄の鱗片は特に下半部に密生することはない。
【M】 羽片は幅広く基部円くて殆ど全辺か,少し波状歯牙あるのみ。葉柄の鱗片は特に下半部に密生する。
(3) ------------------ [K. Iwatsuki, 1995]
【C】 側羽片は普通10~15対,幅は通常4cmまで。
・・・ 時に5~10対,または15~20対。時に,包膜の縁が不規則に切れ込む。葉の色は淡黄緑。
【M】 側羽片は2~8対,最大幅は4cm以上。
・・・ 羽片の基部は円い。包膜は全縁。葉の色は淡緑。
(4) ------------------ [A. Yamamoto, 2000]
【C】 羽片の数は多く,ふつう10対以上つき,幅が狭い。
・・・ 羽片の基部の耳片は,はっきりしていることが多い。
【M】 羽片の数は少なく,多くても10対前後で,幅は広い。
・・・ 羽片の基部は丸く,中軸との間にほとんど隙間がない。頂羽片が大きくなることが多い。
(5) ------------------ [T. Nakaike, 2003]
【C】 羽片には耳片がある。
・・・ 羽片の幅は基部から中間部にかけてほぼ平行。
【M】 羽片には耳片がない。
・・・ 羽片基部は円形で頂羽片は下部側羽片と同じ大きさ。
****** 観察結果 ******
※ ヤマヤブソテツは,推測に基づく “広葉タイプ” を意味する。
(a) 計7枚の葉が着いていて,側羽片の数は以下のようになっていた。小数0.5が付くのは,中軸左右で羽片数が1違う時。5~6が基本数であることが分かる。少なくともこの株に関しては。
4.5, 4.5, 5, 5.5, 6, 6.5, 7
(b) 側羽片の最大幅は4cmをはっきり越える。しかも最上部の羽片でも3cm以上と広く,葉面の上下であまり差を感じない。一方ヤマヤブソテツの羽片は,上に行くほどどんどん小さくなるような気がする?
(c) 側羽片の基部は丸味が強く(斜円形),決して切形~広楔形ではない。輪郭は長卵状でふっくらとした凸曲線, “中間部で平行” になるようなことはない。
(d) 時に耳片状の膨らみが出る羽片も混じるが, “耳片がある” とは感じない。ヤマヤブソテツは,尖り気味のはっきりした耳片が現れるはずである。
(e) 頂羽片は大きくてよく目立つ。葉頂の1-2対の羽片より幅が広い。
(f) 包膜の縁は殆ど全縁で切れ込みは皆無。
(g) 羽片は柄が短く中軸に接し,被さるようにつく。これは羽片の丸味と共に非常に印象的。今回の採集品に限って言えば,羽片同士も重なり勝ちで葉面が混み合って見える。
(h) 葉面の色は,光沢の全くないくすんだ淡緑色。黄色味は感じられない。
(i) 葉柄下部の鱗片は大きいが上部付近で急にまばらで,小さくなる。一方,少なくともオニヤブソテツやヤブソテツでは徐々に少なく(小さく)なって行き急な感じはない。しかし微妙な差なので,ヤマヤブソテツの現物を探し出して鱗片の状態を比べてみる必要がある。比較は通常(典型)タイプでもいいだろう。
(j) 包膜の中央部が淡褐色に色付いていた。多くの文献で「包膜は灰白色」となっていて,2色になるのは変種ツクシヤブソテツ var. tukusicola の特徴とされる。大分悩んだが,葉形はツクシヤブソテツとは全く異なるので色は変異の範囲内と考えることにした。鋸歯も含め包膜の形質は,それほど安定してないかもしれない。
その後,『Flora of China』を見たら,包膜の色には言及なし。そして,3種類の図版いずれも中央部が黒ずんでいた。中国では変種ツクシヤブソテツを分けてはいないが,少なくとも図版1枚の葉形はツクシヤブソテツのものではない。
以上これといった決め手はないが,取りあえず(b),(c),(d)に注目。