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 ナガバヤブソテツ Cyrtomium devexiscapulae (2)

 ★ 認識の変遷 ★
 (1)
原記載は,Polystichum devexiscapulae Koidz. (小泉源一,1932)。タイプ標本は済州島産。
 (2)
属を移しオニヤブソテツの変種に落す。Cyrtomium falcatum (L.) C.Presl var. devexiscapulae (Koidz.) Tagawa (田川基二,1934)。
 (3)
1936年,再び独立種。Cyrtomium devexiscapulae (Koidz.) Koidz. & Ching,秦仁昌教授は中国のシダ学者。
 (4)
『原色日本羊歯植物図鑑(田川基二,1959)』で,オニヤブソテツの注(補足)に「キレバヤブソテツ … ナガバヤブソテツ C. devexiscapulae Koidz. は,… ともに区別するほどのことはない。」と記す。田川博士の影響は多分絶大。学名も変種が使われ続けることになる。

 (5)
倉田悟博士によるオニヤブソテツの解説(1963)。『日本のシダ植物図鑑(1987)』から引用する。後半部はオニヤブソテツの変異について。本書の図版がナガバヤブソテツであることに驚く!

「…海浜を離れ山中に自生するものは葉が薄くなり多少光沢が弱まる。特に羽片が幅狭く,基脚がほぼ左右同形のくさび形をなすものをナガバヤブソテツというが,中間型が多くて到底区別はできない。また,羽片の辺縁に著しい突起の出たものをキレバヤブソテツというが,これも色々の程度があって分類学的に認められるべきものではない。」

「オニヤブソテツ羽片は通常鋭鋸歯を有せず,特に先端部は全く全縁であるが,稀には先端部の辺縁に低い少数の鋭鋸歯が出ることがある。また包膜は中央部が広く黒色を呈し,時にはほぼ辺縁まで黒褐色となるが,包膜が全く灰白色で色着かぬものも珍しくない。」

 (6)
『新日本植物誌 シダ篇(中池敏之,1982)』。オニヤブソテツの一型(変種)として〔メモ〕で触れる程度(1992年の改訂増補版では独立種に変更)。

『日本の野生植物 シダ(岩槻邦男,1992)』では,オニヤブソテツの記載の末尾で触れる程度。そして,『Flora of Japan(K. Iwatsuki,1995)』では完全に消えてしまった。

つまり本種は長い間軽視あるいは無視されて来た。今もウェブ上のウィキペディアによると「別種とする判断はあまり認められていない」そうである。

 (7)
よくは分らないが,オニヤブソテツ類が注目され見直しが始ったのは1990年頃からではないか?例えば,『鹿児島県奄美大島におけるオニヤブソテツ(オシダ科)の生殖型,分布,生育地,および外部形態の変化(中池敏之・松本定,1990)』など。

 (8)
『日本列島におけるオニヤブソテツ複合種(オシダ科)の繁殖様式と種分化に関する種生態学的研究(松本定,2003)』は,詳細を極めたもので最終決定版という印象を受けた。やっと,ナガバヤブソテツが種としてのステータスを確立した感じ。

 (9)
『日本産シダ植物標準図鑑(2015年刊行予定)』では独立種として取上げられる。筆者自身がにわかに着目したのは,本書の“分布図草案”を見てから。ナガバヤブソテツという名は知っていたし,山中の渓側などの多少変なのが気になってはいたのだが…。

 ★ 繁殖様式 ★
A1. ヒメオニヤブソテツ ------------ 2倍体有性生殖
A2. ムニンオニヤブソテツ --------- 2倍体有性生殖
B.  オニヤブソテツ ---------------- 3倍体無配生殖
C.  ナガバヤブソテツ -------------- 4倍体有性生殖

これを見ると,A・B・Cは“生物学的種”として独立のように思うし,この事実はB・Cについては1960年代に既に知られていた。何故ナガバヤブソテツが冷遇されたのか?(現在の知識では)外部形態的にも相当な差異があるのに。

無配生殖のオニヤブソテツが多型を極め,種の境界がはっきりしなかったためかもしれない。直ぐにヤブマオ属 Boehmeria のこと(隠岐)を思い出した。両者共に,BはAとCが親として関わる雑種起源と推測されている。Bタイプが人為的な攪乱に強い点も興味深い。
 A.  アカソ(有性)
 B1. メヤブマオ(無配)
 B2. ヤブマオ(無配)
 C.  ニオウヤブマオ(有性)

 ★ 分布 ★
殆ど忘れられていた種なので情報がない。前記「分布図草案」によると,関東以西~九州と分布は広い。ただ,量的には少なくオニヤブソテツの比ではない。それでも隠岐で3メッシュ。決して稀産とは言えない。

 ★ 無配生殖種はなぜ多型か? ★
今思いついた余計なことを付け加える。無配生殖ならクローンばっかりできて変化が生じないように思ってしまう。しかし,クローンの出発(起源)を考えてみたらどうだろう。何処まで遡ってもクローンはクローン,というのは論理的に成立しない。どのクローンも過去のいつかの時点(あるいは現在も)で新たにできたものである。

その原因が雑種であれば,両親の中間のありとあらゆる型が普通に現れる。いつも足して2で割った真ん中,という訳ではない。それら誕生時の雑多なタイプが,クローンで凍結され永遠に続く…。有性生殖のように,混ぜ合さって一定の範囲に収斂するということがない。つまり,現在の多型は出発点の多型の反映。その後の,お互い同士の交雑や,両親との交雑(戻し交雑)もあり得る。

          [⇒ ナガバヤブソテツ(1)]

 ナガバヤブソテツ Cyrtomium devexiscapulae (1)

取り急ぎ「同定篇」。本種の扱いの変遷やヤブソテツ属の生殖等については,(2)で補足することにする。

つい先日数株を見付けたばかりでまだ確定的なことは言えない。ただ,同定結果には自信があるのでその根拠を明示しておきたい。今後もっと観察してより正確にする必要がある。

 (1) オニヤブソテツ群
以下の4種(2種2亜種)を仮にオニヤブソテツ群と言うことにする。まずここに含まれることを確認する。
Cyrtomium falcatum (L. f) C. Presl
 subsp. falcatum       オニヤブソテツ
 subsp. littorale S. Matsumoto  ヒメオニヤブソテツ
 subsp. australe S .Matsumoto  ムニンヤブソテツ
Cyrtomium devexiscapulae (Koidz.) Ching ナガバヤブソテツ

 (a) 頂羽片がはっきりしているのでホソバヤブソテツとミヤジマシダは排除できる。いずれも九州中南部産の特殊なものである。
 (b) 羽片先端部の辺縁は完全に全縁だった。他のヤブソテツ属の種は皆,先端部に鋸歯が出るのでこれが最も重要な判断基準。ただ,ちょっと変った鋸歯で「低くまばら(ただし鋭い)」,最初はとまどう。
 (c) 主観ではあるが,「羽片の中肋が青黒く染まって一本の筋になる」ことがないのも有力な証拠。オニヤブソテツ群以外(ヤブソテツ群)は,色づいた中肋の線がはっきり見える。もっとも,羽片が厚い革質で明瞭な光沢を持つ点からも容易に推測はできる。

そして,ヒメオニヤブソテツとは環境(波しぶきのかかる海辺の岩上)がまるで違い,ムニンヤブソテツは分布(九州西南部・沖縄・小笠原)が大きくずれる。

よって,オニヤブソテツ(狭義)との比較のみが問題となる。オニヤブソテツを否定できればよい。「外形の上からはオニヤブソテツとの差が微妙なものも出て来る」と言われているが,以下の判定基準を適宜使えば,必ず正解を得られるはずである。

最初からあまり神経質になることもないが,ヤブソテツ属は稀に “例外的な型” が現れる事があるという。つまり,一つのキーを絶対と考えると誤る。その他,雑種では?の不安もあるが,雑種はできてもごく稀なようなので初期の段階で出会うことはないだろう。万一出会った場合,胞子の観察という奥の手がある。

 (2) 羽片の形
オニ : 幅は基部付近が一番広い。
ナガバ: 上下辺縁が平行になる部分がある。
 ------- オニヤブソテツははっきり卵形状で,特に葉面中下部で著しい。ナガバヤブソテツはより幅が狭く細長い。はっきり印象が異なり,これで大体分る。

 (3) 羽片基部の形
オニ : 切形に近く,上側が膨らみ耳片(状)になる(いかり肩)。
ナガバ: 広い楔形~円形(なで肩)。
 ------- オニヤブソテツは,基部が中軸を覆い隠すことがしばしば。ナガバヤブソテツでは軸に被さらず,羽柄明瞭ですっきりしている。ただし,最下羽片は肩がふくらむこともある。

 (4) 新葉表面の毛
オニ : 全く無毛。オニヤブソテツ(広義)に限る著しい特徴。
ナガバ: 長さ0.4~0.5mmほどの多細胞の白毛(小鱗片)が点々とつく。
 ------- “裏面”ではないことに注意。“早落性”なので展開直後の葉が望ましい。白毛はまばらで(葉の先端部がより密?),しかも葉面に張り付いているので非常に見えにくい。葉を折り曲げて光線の角度を変え,光らせて見るとよい。実体顕微鏡よりルーペの方が確認しやすかった。確認さえできれば明快な区別点となる。この白毛の実際を前もって知るには,普通のヤブソテツ(ヤブソテツ群)で観察すればよい。

 (5) 胞子の揃い方
オニ : 大きさが不揃いで,明らかに小さいもの(径1/2以下)が混じる。無配(無融合)生殖の特徴。
ナガバ: 大きさ形とも綺麗に揃っている。有性生殖。
 ------- ×30程度の実体顕微鏡があった方がよい。両者ともを観察して比べてみるとよく分る。これも確実な同定方法。

 (6) 胞子嚢中の胞子数
オニ : 32個。
ナガバ: 64個。
 ------- 裂開してない胞子嚢を1個または数個スライドグラスに取りだし,カバーグラスで押潰す。数を数えるには×400程度の顕微鏡が必要だが,倍半分の数なので慣れると実体顕微鏡でも見当がつく。まだ試みてはいないが,そこまでやる必要を感じない。
 【2019.1.15 追記】  「そこまでやる必要を感じない」とは書いたものの,これは一番明瞭な区別点。 “60前後” か “30前後” かの判断は難しくない。

 (7) “Flora of China(中国植物誌)” から
オニ : 包膜に鋸歯が出る。葉柄の鱗片は一様に淡褐色(単色)。
ナガバ: 包膜は全縁。葉柄の鱗片は,中央部が暗褐色で縁が淡い(二色)。
 ------- 検索キーの一部。包膜の差異は十分使える。鱗片の二色性は明瞭ではなかった。

 (8) 葉裏の脈の強さ
オニ : 裏側から見ると突出してよく目立つ。
ナガバ: 脈はあるがあまり目立たない(ただし比較の問題)。
 ------- 新葉でははっきりしないので,よく生長した葉同士で比べること。複数の個体を試すのが良い。光に透かしてみてもよく分ると思う。

 (9) 葉質・葉面
オニ : 分厚くて固くがっちり。羽片が反り返り,かつ波打ち,
     デコボコした葉面。きらめくような光沢が顕著。荒々しい印象。
ナガバ: やや薄く軟らかくてしなやか。羽片は殆ど波打たず,
     揃って一平面状に並ぶ。光沢はあるが強烈ではない。葉面が
     平らでおとなしい印象。
 ------- 多少の変化はあるが,両方の現物で比較すれば明か。

 (10) 羽片の開出角度
オニ : 中軸に直角に広く開出。
ナガバ: 揃って斜上する。特に中軸の上半部で。
 ------- 文献の裏付けはないが,そんな印象を受ける。ただし,例外もあるかもしれない。

 (11) 分布程度
オニ : 普通。至るとこ(沿海域)に大きな群生がある。
ナガバ: 稀。場所は限られ大きく群生もしない。
 ------- これは現時点での推測。しかも隠岐に限って。ある意味これが一番のヒントかもしれない。目の前に沢山あればオニヤブソテツ。なかなか見付からないのがナガバヤブソテツ。もちろん同定したとにはならないが…。

          [⇒ ナガバヤブソテツ(2)]


 【追記 2015.4.22】
最初に見付けたのは海士町東地区で,1ヶ所に数株。今日確認したのが海士町御波地区,1ヶ所に点々と10数株。何処にでもあるわけではなく場所が限られるのかも知れない。いずれも北向きで日当りのよくない環境だった。

展開して間もない新葉の表面がよく観察できたので,その部分を修正・補足した。
プロフィール

T.Tango

Author:T.Tango
 丹後 亜興 (隠岐郡海士町)
   tttt@tx.miracle.ne.jp
 
 フィールドは隠岐に限られますが植物歴40数年。ブログの目的は「植物を調べている隠岐の人」への情報提供です。しかし外部の方の参考にもなるよう,汎用性のある記述を心がけます。
 地元密着型の軽めの記事(日記)も,「隠岐版」と断って混ぜることにします。
 質問や地元の植物ニュースは歓迎です。

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