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稀産種 コバノイラクサ Urtica laetevirens

隠岐に本種があることは全く世に知られていない。そればかりか島根県はおろか中国地方の記録もない。本来は北海道と本州の中部地方以北に分布するものなので,隠岐に自生すること自体極めて異例である。その意義をはっきりさせるために,全国の分布状況を詳しく調べた。また,素人の報告では誰も信用してくれそうにないので,同定の過程についても詳述する。

 1. 各県の分布
図鑑類には「本州(近畿以北)・北海道」とされているが,具体的には以下のようになる。
                 (○:有,△:少,●:絶滅危惧,×:無,?:不詳)
  北海道 ○
  青森 △,岩手 ○,宮城 ○,秋田 △,山形 △,福島 △
  茨城 △,栃木 △,群馬 △,埼玉 ×,千葉 ×,東京 ●,神奈川 ×
  山梨 ○,長野 ○,岐阜 ?,静岡 △,愛知 ×,三重 ×
  新潟 ●,富山 ×,石川 ×,福井 ×

  滋賀 ●,京都 ×,大阪 ×,兵庫 ×,奈良 ●,和歌山 ×
  鳥取 ×,島根 ×,岡山 ×,広島 ×,山口 ×
  徳島 ●,香川 ×,愛媛 ×,高知 ●
  福岡 ●,佐賀 ×,長崎 ×,熊本 ×,大分 ×,宮崎 ×,鹿児島 ×,沖縄 ×

西日本の産地はわずか5ヶ所に局在,どの県もレッドデータブックに登載している。
<滋賀県>  「分布上重要種」
   御池岳(1,247m alt.) 三重県県境  「きわめて稀である。」
<奈良県>  「絶滅寸前種」
   大峰山系弥山(1,895m alt.)
<徳島県>  「絶滅危惧I類」
   那賀郡木沢村(杖谷山 578m alt.) 石灰岩地帯  「木沢村に記録がある。」
<高知県>  「絶滅危惧I類」
   香美郡物部村(1,500m alt.) 徳島県境,石灰岩地帯
<福岡県>  「絶滅危惧I類」
   沖ノ島(大島村(120m alt.)  「県内では沖ノ島のみに見られる。ここが九州唯一の産地で,南限自生地である。」

仮に島根県のを作ってみた。
<島根県>  「絶滅危惧Ⅰ類」
   西ノ島町(高崎山 80~300m alt.),隠岐の島町 (大森島 70~150m alt.)

各県とも絶滅寸前の希少種という感じで,しかも跳びとびの隔離分布。とても本来の分布とは思えない。福岡県産のものに「沖ノ島は九州唯一の産地であり,地理分布上興味深い。おそらく氷期の遺存分布だろう」(矢原徹一 1992)というコメントがついていた。恐らくそうなのであろう。“遺存分布” とはかつて広く連続的に分布していたものが,部分的に孤立して残った場合を言う。寒地系の本種の場合,その原因は気候の温暖化と考えられる。

ただ,西日本から消えて行った原因が温暖化だとしても,前記6地点(隠岐を含め)だけで “生き残った”理由は,高山・石灰岩地・離島と一律ではなさそうである。特に不思議なのが「福岡県の沖ノ島と,隠岐の大森島(おおもり)」だ。北方のものが遺ることもある高山や石灰岩地ではなく,本土から遠く離れた小さな(周囲4km以下)孤島に過ぎない。

 2. 同定の根拠
隠岐に自生するイラクサ類は,今まで次の3種が知られていた。いずれも素手ではさわれない連中である。ムカゴイラクサはズボンの上からでも刺すので閉口する。
 イラクサ  Utrica thunbergiana
 ムカゴイラクサ Laportea bulbifera
 ミヤマイラクサ Laportea cuspidata
このうちムカゴイラクサとミヤマイラクサは明らかに違うものなので,問題はその辺に幾らでもある通常のイラクサとの区別である。

イラクサ属は “托葉が2か4か” で2つの節(Section)に分れる。検索表は『日本植物誌(大井次三郎 1978)』が最も丁寧な表現だった。
 A. 相対する葉の托葉がおのおの癒合し,全縁または先端が2浅裂する長楕円形または狭卵形の1片(各節に2個)となる。
    ------------- イラクサ U. thunbergiana
 A. 托葉は離生で癒合せず,披針形または広線形で,各節に4個ある。
    ------------- コバノイラクサ U. latevirens

托葉が4枚(片側2枚)であれば,それで「同定終り」にしてよさそうだが,やはり不安が残る。ぼ~っと見ただけでは,イラクサとどこが違うのか分らない。コバノイラクサが西日本では超稀産種であるだけに,托葉以外の形質で同定を補強しておきたくなる。

実は,イラクサも托葉が “全裂” して片側2枚になる場合がある。このことに触れている文献はないが,実際に経験して長い間悩んだ。ごく稀なケースであろうが「先祖返り」と思われる。そのような時は,同一群落の数多くの個体についてチェックするとよい。あるいは,その近辺の複数の株について。 “1枚・浅裂・深裂・全裂” ,各段階の変異が混じって見られるはずである。一方コバノイラクサの托葉(片側)は必ず2枚,そしてその2枚は離れて出て,形は細くて長い。

“必ず常に2枚で,その着点は離れている(写真参照)”,つまり1枚が2つに切れ込んだものではない。この事を知っていればイラクサと混同することはあり得ない。

注意点は,托葉が早落性である事。しばしばなくなっている場合がある。そういう時はよ~く見ること(ルーペがあればなお良い),托葉の落ちた跡(托葉痕)が白く2つ並んで見える。
   

コバノイラクサ苞

普通のイラクサでないことははっきりしたので,近縁のホソバイラクサ U. angustifolia (托葉4枚)についても触れておく。しかし,図版や写真で見ると一目で分るように葉形がはっきり違う。ホソバイラクサは葉が披針形に近く,先端が細く長く尖る。一方コバノイラクサは,卵形~広卵形で “披針形” の感は全然ない。

更に,葉柄が葉身の1/3以下と短いのもよい特徴。コバノイラクサの葉柄は細くて長く,葉身の1/2を軽く越える。変種ナガバイラクサ U. angustifolia var. sikokiana も知られているが,これは更に葉が細長く托葉も2枚(片側1枚)。

なお,ホソバイラクサも稀ではあるが(西日本では),点々と報告があり島根県の記録も一応ある。隠岐にある可能性はゼロではない。

 3. イラクサとの比較
普通種イラクサとは,托葉の数以外の差異はないと最初は思っていたが,全然そうではなかった。前記異形イラクサのお蔭で,両者は全く別の種で数多くの違いがあることを学ばされた。
  (I:イラクサ,K:コバノイラクサ)

(1) 茎の毛-----長く直角に出る刺毛とは別に。
I:  逆向する微毛を密生。----- ルーペが必要。肉眼では白っぽく見える。
K: ごく疎らな細毛。----- ほとんど見えない。

(2) 葉の鋸歯----- 一般に葉の形質はよく生長した大きいもので見ること。
I:  鋸歯と言うより欠刻に近くて大きい。通常不規則な重鋸歯になる。
K: きれいに揃った単鋸歯で,決して重鋸歯状にはならない。

(3) 葉基部----- 多少の変異はあるが。
I:  明瞭な心形----- 多くは深い心形だが稀に浅いのも混じる。
K: 切形~円形----- 切形~円形で,基本は心形ではない。
※ 写真のコバノイラクサは秋に出た葉で,あまり典型的な形ではない。
   
コバノイラクサ葉


(4) 雄花・雌花の位置----- 両種とも雌雄同株。
I:  雌花序が茎の上方につき,その下に雄花序がつく。
K: 雄花序が茎の上方につき,その下に雌花序がつく。

 ※ 確かにその通りであろうが,イラクサ科の雄雌や花の位置を過信するのは禁物である。雌雄同種であっても,しばしば雄花だけ雌花だけという個体が現れる。コバノイラクサの場合「稀に雌雄異株」と書いてある文献もある。そういうこともあるかもしれない。

以上の(1)~(4)は,同定時に傍証として使える。特に (1) は明瞭で確実。他には以下のような違いもある。

(5) 葉の大きさ・色
I:  コバノイラクサよりはっきり大きい。濃い緑で裏面は灰白色を帯びる。
K: 比べると確かに小さい。明るい緑で,表裏の色の差は少ない。

※ 栽培してみて気付いたのだが,春に出た葉は夏頃に枯れ落ちその後また新しい葉が出て来る。年内に葉が入れ替わる植物があるとは知らなかった!春の葉は大きくなるが,夏・秋に出た葉は小さい。道理で大きいのと小さいのがあったわけだ。これにも随分迷わされた。そして,葉の大きさや形は “春に出た大きな葉” で比べる必要がある。秋の小さな葉ではほとんど差が出ない。

(6) 花期----- コバノイラクサが早い。
I:  9~10月
K: 7~10月
  ※ 〔追記 2013.4.13〕 自宅栽培のもが雄花をぎっしりつけている(花粉の飛散はこれから)。今はまだ春なのに。近くにあるイラクサの方は花の兆候皆無。

(7) 環境
I:  山地にもあるが人里に多い。やや乾き気味の明るい場所も平気。
K: 深山の谷筋,渓流沿いの陰湿な林内に限る。しばしば群生する。

(8) 刺毛
I:  刺されると危険。激しく痛み,長い間痛みが引かない。
K: あまり怖くない。チクッとするがすぐ直る。

いくら貴重種でももう十分。気合いが入り過ぎてしまった。コバノイラクサも,こんな長い文章に書かれた経験は初めてであろう。しかし,これだけ違うものなのに最初見た時はさっぱり区別ができなかった。現地の観察では今一つ確実でない気がして,掘り帰って自宅の庭に植えてみた(イラクサと並べ)。時々眺めているだけで「何となくだが,ハッキリ違うものだ」という確信がやって来る。細かな分析は必要ないし,専門家のお墨付も要らない。

 4. 発見の経緯
もう30年も昔のことになるが,木村康信・野津大氏と共に大森島に渡ったことがある。その時に木村先生から「ちょっと変ったイラクサがあるような気がします。調べてみて下さい。」と教わった。イラクサなどには関心も知識もなかった頃の話である。

足元にそれらしいのがあったために出た言葉であるが,「耳々浦のことかな」とすぐに思った。高崎山南東の谷に大きな群落があって,通り抜けるのに難儀した経験があったからである。単なる普通のイラクサと思い込んでいたのだが,なるほど “葉が何となく小さい・沢筋・大群生” という点は,確かにイラクサ的ではない。

その後耳々浦のもので托葉4枚を確かめ,『隠岐の文化財』誌の “島前の植物目録”に名前を載せたことがある(1985)。「疑問が残る」というコメント付きで,注目種を表す○印も付けず。「あり得ないものがある」ことに自信が持てなかったのである。その後,半信半疑の状態が(比喩ではなく)続いていた。

長い宙ぶらりん状態を解消すべく,再び耳々浦の現地を訪れたのは昨年の5月のことである。事態は想像以上に深刻,群生地は跡形もなく消え失せていた。崖崩れ・地滑りで岩盤が露出,2007年の “豪雨災害” の惨禍である。植生が復活するには数十年はかかるであろう。近くの林内を捜しまわってようやく3株見付けたが,これがいつまで保つことやら。見通しは暗い。

北側の東国賀の断崖へ続く谷(大水谷)でも見ているが,これも2007年豪雨以前の確認である(2005.6.9)。その後の状況が気になるところだが,ここの調査は容易ではない。ロープがないと帰れなくなる心配がある。ここは,イネ科の稀産種アズマガヤ Asperella longe-aristata の産地でもある(隠岐唯一)。

残された場所は大森島しかないが,本当にあるんだろうか…と絶望的な気分だった。そして今年7月,オオミズナギドリの調査に同行して島へ上陸。林内に点々と現れたコバノイラクサを目にして,胸をなで下ろした。数千年生残って来たものが,そう簡単に消滅することはないのかもしれない。過去には天変地異もあったことであろう。

ただ,「簡単には絶滅しない」と言っても,人為的な干渉がないという前提が不可欠である。高崎山の産地も大森島も,人が行かず利用価値もない場所なので自然状態が保持されて来た。例えば,森林を伐採して牧場にしたら,すべての自然植生は即消滅する。せいぜい藪(ヤブ)が再生産されるだけ,永久に元へは戻らない。もちろん,そうなって嬉しい人はいないだろうと思う。

テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術

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Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。海洋性気候についての解説は勉強になりました。

寒地系の種が離島に遺存分布する原因について,「気候条件に着目すべき」というご指摘,私も同感です。隠岐には寒地系種の遺存例が多いのですが, “夏が比較的涼しい” ためと考えて来ました。

降水量にも関係することは初めて知りました。調べてみることにいたします。

ブログ本文には書きませんでしたが,西日本の他の産地より隠岐ははるかに北にあります(緯度)。隠岐は気候的には西日本ではなく,北陸・中部・北関東に近いと感じることがよくあります。植物分布からの推測ですが。

なお,「沖ノ島が南限」という記述は,高知県や徳島県の自生がその時点で知られていなかったからかもしれません。少なくとも高知県は2006年以降の発見です。
プロフィール

T.Tango

Author:T.Tango
 丹後 亜興 (隠岐郡海士町)
   tttt@tx.miracle.ne.jp
 
 フィールドは隠岐に限られますが植物歴40数年。ブログの目的は「植物を調べている隠岐の人」への情報提供です。しかし外部の方の参考にもなるよう,汎用性のある記述を心がけます。
 地元密着型の軽めの記事(日記)も,「隠岐版」と断って混ぜることにします。
 質問や地元の植物ニュースは歓迎です。

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