キンギンボク の分布
以前に(2010.9.4)書いていた記事が見付かった。細かく調べているのでアップしておくことにした。
隠岐ではもっと注目してもよい(大事にすべき)種のように思われる。
Lonicera morrowii A.Gray 別名: ヒョウタンボク
Lonicela: ドイツの草本学者(A.Loniztzer),Morrowii: 採集家,A. Gray: 米国の植物学者
子供の頃から知っているものであるが,海岸の岩場に普通にありほとんど気にかけていなかった。ところが,島根県の絶滅危惧種(Ⅱ類)に指定されていることを知って驚き,理由を知りたいと思った。
この植物に向き合うのは,高校生の時に名前を調べて以来と言ってよい。庭に植えてからも30年以上になるが,あまり敬意を払って来なかった。放置したままだが,毎年きちんと花を咲かせ実をつけ,樹姿も乱れない。環境によくフィットした土着のものの良さであろう。
なお,選定理由には「隠岐の島後にのみあって,個体数も多くはない」と書かれているが,実際には島前3島にも点々とある。どう考えても絶滅の心配があるようには見えない。
分布に関する記載は次のものを採用する(頌栄短大教授 福岡誠行 1994)。
『北海道南西部,本州の東北・北陸・中部・山陰地方,鬱陵島。』
日本海側の多雪地帯に分布の中心がある,いわゆる「日本海要素」の1つとされている。
一昔前は樹木学者でも「北海道・本州・四国」などと大ざっぱなことを書いていた。“四国”は,四国の最高峰「赤石山系・石鎚山系などの記録」に基づいたもののようである。しかし,愛媛県レッドデータブックでは「情報不足」として処理されているし,前記の分布域からも落とされている。なかったことにしよう。局所的に数本しかなくても,全域に広がっていても,分布域としては同じく「四国」となってしまう。たまたま1地点のみに少量あるのと,全域に多産するのでは意味が異なる。分布を考える時に,気をつけるべき点であろう。
【北海道】 は本州に近い渡島半島~石狩川周辺を主体とする部分のことである。日本海要素は時々ここから始まる。
【東北】 については全県の記録があるが,最新の「宮城県植物目録 2000」では,確認不能で除外されていた。やはり分布の主体は日本海側なのであろう。太平洋側の県では高地の標本が多く,「山を越えて」進出したように思われる。日本海側の青森・秋田・山形の3県については,海岸から高地まで広く自生することを確認できた。
【北陸】 では新潟・佐渡・石川では普通種であるが(海岸~亜高山),何故か「富山県植物誌(1983)」には出て来ない。福井県の状況は隠岐との関連で興味深いが(日本海要素は時に福井から隠岐へ跳ぶ),福井県RDBでは“絶滅”となっている。詳細な「福井県植物誌(1988)」にも言及がない。
【中部】 の長野県と【関東】の群馬県には豊富に産することを確認できた。今まで本種を海岸植物と思い込んでいたが,どうもそうではなさそうである。元は落葉樹林帯(ブナ帯・夏緑林帯)のものかもしれない。上のものが下(海岸)へ下りてきたと考える方が自然ではないか。北地や高山には近縁種も多いことだし(例えばオオヒョウタンボク L. tschonoskii)。
前記分布域から【近畿】は除かれているのでいいようなものだが,近畿はどうかと気になった。ある分布図(奥山春季 1983)に兵庫2個,滋賀・三重の辺りに2個のマークがついていたからである。なおここでは「兵庫・鳥取・島根・山口県」の日本海側を,広義の「山陰」と考えることにする。滋賀県・大阪府については記録がないことが分かったが,京都の海岸はどうなんだろうと思った。「京都府自然環境目録」というウェブページに本種の名前だけは出ているのだが,それ以外のことは分からない。
結局「近畿地方植物誌 (村田源 2004)」に頼ることにした。これは京都大学の標本を精査しリストアップしたものである(兵庫~三重)。本種の標本は,〔京都〕比叡山,〔兵庫〕香住町・竹之浦(海辺),の3点だけで非常に少ない。分布図や京都の記録は,この比叡山の標本に基づいた可能性がある。いずれにしても,近畿地方では「なきに等しい」ということでよいであろう。
残るは肝心の【山陰】(広義)である。
1.兵庫県
「兵庫県レッドデータブック 2003」で,絶滅危惧種(ランクC)に指定されている。産地は県下を5分割したうちの1地域,「但馬」(日本海側)に○がついている。ウェブサイトではこれ以上のことは分からない。「ランクC」である点と,同書の2010年版で指定が取り消されていることを考えると,かなりの量があるのかもしれない。
2.鳥取県
「レッドデータブックとっとり」によると,産地は東の果て(兵庫県との県境で海辺)岩美町1ヶ所だけで量も少ないとのことである。
3.島根県
大産地“隠岐”を除いて,本土側では確認されていない(杉村喜則 2005)。
4.山口県
「レッドデータブックやまぐち」ではランク「ⅠA類」の指定。以下は解説の一部を引用。
「県内では萩市にのみ記録されています。国外では朝鮮半島(鬱稜島)に知られています。萩市のある海岸にはかなりありますが、分布地の個体群の数はごくわずかです。」
隠岐の視点で短く要約すると,『主たる分布域は,東北(日本海側)・北陸(新潟・石川)。そして石川県から隠岐へ跳ぶ。延々400kmにおよぶ山陰沿海部(兵庫~山口)には,ほぼない!』。兵庫県境の鳥取県岩美町から萩市へすっ飛んで,ごく少量が出現するのみ。
これを書いていて,やはり日本海要素のセリモドキのことをしきりに思い出した。日本海側を南下して福井・兵庫の辺りからいきなり隠岐へ跳ぶ。国外の産地が鬱陵島(但し,近縁種のタケシマシシウド)に限るというのもよく似ている。カエデ科のエゾイタヤも日本海要素と言ってよいが,隠岐へ到達するまでのパターンが非常によく似ていた。隠岐に来て標高が下がる点も。
自分がこの種を「全国のどこにでも普通にあるもの」と思ってしまったのは,以下の唱歌の影響もある。ある植物学者が少年時代の思い出を綴った随筆に引用されていた。「茱萸原」はアキグミ?と知ってはいたが,この歌が浮かんだ時にはいつも,キンギンボクの深紅の実を思い出していた。
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* 砂山 * 作詞:北原白秋,作曲:中山晋平
1 海は荒海 向こうは佐渡よ
すずめ啼け啼け もう日はくれた
みんな呼べ呼べ お星さま出たぞ
2 暮れりゃ砂山 汐鳴ばかり
すずめちりぢり また風荒れる
みんなちりぢり もう誰も見えぬ
3 かえろかえろよ 茱萸原わけて
すずめさよなら さよならあした
海よさよなら さよならあした
隠岐ではもっと注目してもよい(大事にすべき)種のように思われる。
Lonicera morrowii A.Gray 別名: ヒョウタンボク
Lonicela: ドイツの草本学者(A.Loniztzer),Morrowii: 採集家,A. Gray: 米国の植物学者
子供の頃から知っているものであるが,海岸の岩場に普通にありほとんど気にかけていなかった。ところが,島根県の絶滅危惧種(Ⅱ類)に指定されていることを知って驚き,理由を知りたいと思った。
この植物に向き合うのは,高校生の時に名前を調べて以来と言ってよい。庭に植えてからも30年以上になるが,あまり敬意を払って来なかった。放置したままだが,毎年きちんと花を咲かせ実をつけ,樹姿も乱れない。環境によくフィットした土着のものの良さであろう。
なお,選定理由には「隠岐の島後にのみあって,個体数も多くはない」と書かれているが,実際には島前3島にも点々とある。どう考えても絶滅の心配があるようには見えない。
分布に関する記載は次のものを採用する(頌栄短大教授 福岡誠行 1994)。
『北海道南西部,本州の東北・北陸・中部・山陰地方,鬱陵島。』
日本海側の多雪地帯に分布の中心がある,いわゆる「日本海要素」の1つとされている。
一昔前は樹木学者でも「北海道・本州・四国」などと大ざっぱなことを書いていた。“四国”は,四国の最高峰「赤石山系・石鎚山系などの記録」に基づいたもののようである。しかし,愛媛県レッドデータブックでは「情報不足」として処理されているし,前記の分布域からも落とされている。なかったことにしよう。局所的に数本しかなくても,全域に広がっていても,分布域としては同じく「四国」となってしまう。たまたま1地点のみに少量あるのと,全域に多産するのでは意味が異なる。分布を考える時に,気をつけるべき点であろう。
【北海道】 は本州に近い渡島半島~石狩川周辺を主体とする部分のことである。日本海要素は時々ここから始まる。
【東北】 については全県の記録があるが,最新の「宮城県植物目録 2000」では,確認不能で除外されていた。やはり分布の主体は日本海側なのであろう。太平洋側の県では高地の標本が多く,「山を越えて」進出したように思われる。日本海側の青森・秋田・山形の3県については,海岸から高地まで広く自生することを確認できた。
【北陸】 では新潟・佐渡・石川では普通種であるが(海岸~亜高山),何故か「富山県植物誌(1983)」には出て来ない。福井県の状況は隠岐との関連で興味深いが(日本海要素は時に福井から隠岐へ跳ぶ),福井県RDBでは“絶滅”となっている。詳細な「福井県植物誌(1988)」にも言及がない。
【中部】 の長野県と【関東】の群馬県には豊富に産することを確認できた。今まで本種を海岸植物と思い込んでいたが,どうもそうではなさそうである。元は落葉樹林帯(ブナ帯・夏緑林帯)のものかもしれない。上のものが下(海岸)へ下りてきたと考える方が自然ではないか。北地や高山には近縁種も多いことだし(例えばオオヒョウタンボク L. tschonoskii)。
前記分布域から【近畿】は除かれているのでいいようなものだが,近畿はどうかと気になった。ある分布図(奥山春季 1983)に兵庫2個,滋賀・三重の辺りに2個のマークがついていたからである。なおここでは「兵庫・鳥取・島根・山口県」の日本海側を,広義の「山陰」と考えることにする。滋賀県・大阪府については記録がないことが分かったが,京都の海岸はどうなんだろうと思った。「京都府自然環境目録」というウェブページに本種の名前だけは出ているのだが,それ以外のことは分からない。
結局「近畿地方植物誌 (村田源 2004)」に頼ることにした。これは京都大学の標本を精査しリストアップしたものである(兵庫~三重)。本種の標本は,〔京都〕比叡山,〔兵庫〕香住町・竹之浦(海辺),の3点だけで非常に少ない。分布図や京都の記録は,この比叡山の標本に基づいた可能性がある。いずれにしても,近畿地方では「なきに等しい」ということでよいであろう。
残るは肝心の【山陰】(広義)である。
1.兵庫県
「兵庫県レッドデータブック 2003」で,絶滅危惧種(ランクC)に指定されている。産地は県下を5分割したうちの1地域,「但馬」(日本海側)に○がついている。ウェブサイトではこれ以上のことは分からない。「ランクC」である点と,同書の2010年版で指定が取り消されていることを考えると,かなりの量があるのかもしれない。
2.鳥取県
「レッドデータブックとっとり」によると,産地は東の果て(兵庫県との県境で海辺)岩美町1ヶ所だけで量も少ないとのことである。
3.島根県
大産地“隠岐”を除いて,本土側では確認されていない(杉村喜則 2005)。
4.山口県
「レッドデータブックやまぐち」ではランク「ⅠA類」の指定。以下は解説の一部を引用。
「県内では萩市にのみ記録されています。国外では朝鮮半島(鬱稜島)に知られています。萩市のある海岸にはかなりありますが、分布地の個体群の数はごくわずかです。」
隠岐の視点で短く要約すると,『主たる分布域は,東北(日本海側)・北陸(新潟・石川)。そして石川県から隠岐へ跳ぶ。延々400kmにおよぶ山陰沿海部(兵庫~山口)には,ほぼない!』。兵庫県境の鳥取県岩美町から萩市へすっ飛んで,ごく少量が出現するのみ。
これを書いていて,やはり日本海要素のセリモドキのことをしきりに思い出した。日本海側を南下して福井・兵庫の辺りからいきなり隠岐へ跳ぶ。国外の産地が鬱陵島(但し,近縁種のタケシマシシウド)に限るというのもよく似ている。カエデ科のエゾイタヤも日本海要素と言ってよいが,隠岐へ到達するまでのパターンが非常によく似ていた。隠岐に来て標高が下がる点も。
自分がこの種を「全国のどこにでも普通にあるもの」と思ってしまったのは,以下の唱歌の影響もある。ある植物学者が少年時代の思い出を綴った随筆に引用されていた。「茱萸原」はアキグミ?と知ってはいたが,この歌が浮かんだ時にはいつも,キンギンボクの深紅の実を思い出していた。
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* 砂山 * 作詞:北原白秋,作曲:中山晋平
1 海は荒海 向こうは佐渡よ
すずめ啼け啼け もう日はくれた
みんな呼べ呼べ お星さま出たぞ
2 暮れりゃ砂山 汐鳴ばかり
すずめちりぢり また風荒れる
みんなちりぢり もう誰も見えぬ
3 かえろかえろよ 茱萸原わけて
すずめさよなら さよならあした
海よさよなら さよならあした
【付記 2020.6.21】