FC2ブログ

西日本初 ヒオウギアヤメ Iris setosa var. setosa

  ※ この記事を読まれて本種の自生場所が推測できる方は,しばらく内緒にしておいて下さい。悪意がないとはいえ,掘取って持帰りたくなる人が必ずいます。

「高地,寒地の湿性の草原にはえる多年草。外花被片の模様はアヤメに似ているが,内花被片はいちじるしく小形で目立たず,・・・本州の中部以北・北海道,アジア東北部・アリューシャン・アラスカに分布する。」
  『日本の野生植物(平凡社,1982)』から引用。

誰が見てもアヤメ Iris sanguinea に見えるが, “内花被片” の長さは1cm内外,約4cmあるアヤメとははっきり区別できる。よって同定に疑問の余地はないが,問題はその分布である。

“中部以北” となっているが “中部” は実質的に長野県と考えてよさそうである。日本海側では富山県から現れるが,『富山県植物誌(1983)』によると「深山,亜高山の湿原の滲出湧水地にごくまれに生育」。太平洋側は,福島県まで記録がなく(福島県 “注意” 種),関東は内陸部の栃木・群馬両県のみである。

日本花菖蒲協会のウェブサイトで,会報の記述に「南限は岐阜県北部」となっていた(あやめ漫談 夢 勝見)。 “北部” を素直に取れば隠岐と同緯度になる。隠岐が本種の南限自生地という可能性も出て来た。隠岐が北限のものは数多く西限も多少ある。しかし南限というのは聞いたこともない。南アルプス・伯耆大山・四国山地の石鎚山などに必ず負ける。隠岐の最高峰608mでは初めから勝負にならないのだが。

本種は○○○○氏が10年ほど前に気付いたものである。場所は○○集落の入江を少し出た浜辺の塩湿地。専門家を案内したこともあるが「似ている」と言われたきりで,そのままになっているそうである。近い場所に観光用の施設(ログハウスの宿舎数棟)があったことが災いした。植栽を疑ったのだと思われる。

自分も一昨年話を聞いた時(2011.5.19),思わず「う~ん」と言ってしまった。自然な反応だと思う。棚上げにしかかったが,思い直して次のような提言をした。
 (1) ヒオウギアヤメが,果たして低地で生育可能か?については,栽培情報から問題なさそう。海岸にも十分遺り得る。
 (2) 人の行かない山地で発見できれば言うことはない。ニッコウキスゲやキンコウカの自生地が一つの狙い目。とにかく山中の湿地の調査。
 (3) 現地の自然度が高いかどうかの徹底した吟味。他の種の継続的なリストアップが必要。
 (4) 群生地であれば気付いていた人がいるはずなので,地元の人に聞き回る。
 (5) 類似の環境(海岸の渓流)が他にないか?

 【1】 昔からあったのか?
○○○○氏からメール連絡あり(2011.6.3)。地区総出の清掃作業日という絶好の機会,休憩時間にお年寄全員の話を聞いたという。
 「70年前にはもっと広がっていて,メダカ取りなどして子供の時に遊んだ。」
 「海遊びの時に,あそこでよく水を浴びたものだ。」

80歳前後の複数の人の証言である。近くの田畑を造成して観光施設ができたのは,今から41年前の事に過ぎない。そうか,植栽(栽培)ではなかったのか。思わず「デカした!」と返信をしてしまった。昔は,一般庶民が花を植えるような文化もその余裕もない。ましてや,普段は人の行かない村外れの海岸である。何よりも,その当時苗の入手が可能かどうか。

(4)については,子供の記憶に残っているだろうかと正直不安だったが,遊び場であれば納得が行く。それに紫の花も大きくて目立つ。よく覚えていてくれました。

「もっと広がっていて」が自生地らしくていい。歩道らしきものがあるのは,ログハウスを作った時に一部が埋められたのであろう。海水浴での水浴びの話は特に真実味がある。夏になると隠岐の子供は毎日海に入っていたが,帰りにそのまま服を着ると肌がべたついて気持が悪い。近くに井戸など真水があれば競って水を被ったものだ(今のシャワー)。

ヒオウギアヤメは隠岐の植物にとって歴史に残る大きな発見である。自生を直接証明する貴重な証言であるので,きちんと記録に残しておくべきである。できれば,私も伝聞ではなく自分の耳で聞いておきたい。植物に無関係の第三者に立会ってもらえれば更に良い。それでも将来,「植えたんだろう」と言出す人は必ず現れる。

この証言で他人の説得はできるであろう。なるほど,自生であることは判った。しかしどうもスッと腑に落ちない。一年以上引きずって来たが,以下のように考え自分自身を説得できた。今は “自生” に疑問を感じていない。

 【2】 遺存的な隔離分布
中部地方以北と隠岐だけ,確かに信じがたい分布ではある。しかしこれには先例が幾つもある。よく似た環境・生態(高山・湿地)のものでは,例えばニッコウキスゲやキンコウカ。この2つはわずかに近畿にも分布が及ぶが。厳密に中部以北なら,高山性ではないがシウリザクラやミチノクエンゴサクがある。

そもそも遺存分布は跳び離れたもので,近畿以西に2-3ヶ所程度のものならまだまだ実例がある。ここでは高山性のシロウマアサツキ挙げるにとどめるが,化石的な“遺存分布” というものの実情を今回自覚できたような気がする。ただ,シロウマアサツキは化石ではなく,隠岐で進化した低地性の “生態型(エコタイプ)” かもしれない。分布が広い上に元気がよ過ぎる。         
[⇒ シロウマアサツキ]

 【3】 極端な標高差
本来の生育環境はどうも高層湿原のようである。図鑑類には「海岸にも出る」とは書いてない。長野県の分布図を見たら,標高1.000~2,000mに産地が集中していた。ところが色々調べて,北地では海岸にも群生が出現,塩湿地でも見られるということが判った。それでは隠岐の “海抜1m” は容認できるか?「現にあるんだからそれでいいんじゃないの」というような話ではない。

海辺という場所は,植物にとって高山並の厳しい環境で “違うのは気温だけ” と単純化して考えることにする。これも隠岐の実例で言うと,ニッコウキスゲ・キンコウカが海抜150~200m。海抜1mと比べ大した気温差とも思えない。真夏の暑さは問題になろうが,現地は南向きでも西向きでもない。南側には山が控え,近くには樹木も多い。一日中かんかん日照りの猛暑地ではない。

それに本種が低地(高温)では生きられないのか?という問題もある。以下はヒオウギアヤメを扱う園芸関係のサイトからの抜書き。
 「本州では高山の湿地に自生します。 低地でも問題なく育てられます。」
 「日当たり、水はけのよい場所に植えましょう。暖地では夏場は半日陰になる場所で育てます。」
 「ヒオウギアヤメは高地の湿った場所に自生する花ですが、比較的暑さにも強く、また水を多めにやるくらいで十分育ちます。」

高地の低温環境に生育する理由は,他種との “競争力” の問題かもしれない。つまり,温暖な低地は敵が多く生存競争に負けるのであろう。自分の力が発揮できる高地に逃げたと解釈できる。逆に言えば「人がニッチ(生育環境)の競合種を排除してくれたり(栽培管理)」,或は「自然状態でも競合種が入り込めないような環境」なら,低温でなくても十分生育できるということ。特殊で過酷な環境に限って出現する植物があるが,全ての種がその環境を “好んで” いるわけではないし,“そこでしか生きられない ” ということでもない。つまり,過酷な場所に “強い” のと “好む” では意味が異なる。

なお,本種の自生地が「競合種が入り込めないような環境」になっているのでは?に関して,前回の “ヤマイ” のブログで言及した。当っているかどうか自信はない。ただ,結果論ではあるが,現に競合種(雑草・雑木)の侵略を受けていないので,そのような環境だろうとは思う。人が手を掛けた形跡は全くない。      
[⇒ ヤマイ]

高山性の種の遺存,確かに例はある。しかしそれらは,人の行かない或は行けない山の中の,安定した環境での話である。本種の生育地は集落内の浜辺。ここで過去何百年生き続けて来たか分らないが,危ない綱渡りの連続だったのではないか?この場所が “聖地” のように思えて来た。

 【4】 ただ1ヶ所の自生
隠岐で1ヶ所だけというのがあり得ないような気がする。しかし上に例を挙げたニッコウキスゲとキンコウカは,私の知る限り僅か2ヶ所。シウリザクラやミチノクエンゴサクはやはり1ヶ所でしか確認できていない。

考えてみれば,少しも不思議なことではないことに気付く。ある種が一斉に突然滅びるという事態は考えにくい。天変地異でもない限り。そうだとすれば,徐々に減って最後に1ヶ所になるのはごく自然な成行きである。現在数ヶ所にあるものも,50年後には1ヶ所だけという可能性を否定できない。私達が今まさに,ヒオウギアヤメ絶滅(西日本から)の最終ステージに立会っているのかもしれない。

 【追記】
ついでに国外の様子をちょっと調べてみた。韓国(北部)・北朝鮮・中国吉林省(満州)・アムール・カムチャッカ・ハバロフスク・千島・サハリン・アラスカ・…。どうも寒そうな地名ばかりが並ぶ。韓国では希少種の指定,北朝鮮では郵便切手になっていた。

アラスカでも “海辺の湿地” に生えているそうである。そしてその分布域の最南端に,隠岐諸島の○○海岸がある。


 【追記 2013.7.22】
○○氏が聞取り調査をした一人,84歳の方(男)に電話をして直接話を伺った。「ログハウスができた頃には,少し減っていました…」という。間違いない。

全く別の若い方(男性,65歳)にも聞いてみたが,よく覚えておられた。そして「誰かが植えたのでは?」という意見には苦笑。○○地区には,昔からあったこの「アヤメ」を知っている人が多い。

これ以上必要がないと思い,電話するのをやめた。


 【追記 2014.6.8】
本種の自生(植栽や逸出ではない)を立証,あるいは自身で納得するために,(1)~(5)のチェック項目を挙げていた。その内,(1) 低地(暖地)でも生育可能,(3) 現地は人為的に干渉・管理されていない,(4) 複数の地元高齢者の証言(40年以上昔),の問題はクリアできたと思っている。

まさかと思っていた,(2)と(5)に関わる新たな自生地が発見された。集落から遠く離れた(3km近く)人の行かない海岸である。上の道路から降りる細い路が一応あるが(約400m),たまに釣りをする人が通る程度だと言う。確かに入口もはっきりしない,藪をかき分けて進むような急坂だった。

北向きの入江の水に濡れている岩場,西側には崖があって日影,夏場の極端な高温は凌げそうな雰囲気がある。そこの一画に小さな群生がポツンとあった(約20株)。既に花は終り果実になっていたが,花茎が分枝(枝が2~4本)しているので他のものではあり得ない。

案内して頂いた方によると,岬町の方が今年5月に偶然発見されたそうである(浜掃除のイベント)。お名前を明かしたいのは山々であるが,本文との関連でここでは公開しないでおく。盗掘による消滅が何よりも恐い。可能性の問題ではなく,島後地区では現実に度々起きているらしい。何千年か何万年か知らないが,放置された状態で今まで生き延びて来た訳で,人による攪乱さえなければ簡単には絶滅しないであろう。「植生が変化して…」というような環境でもない。

実は未だに,植物関係者には “自生” を疑っている人が多い。このブログを読んでも信じないのでは仕方がないと諦めていたが,今度は大丈夫であろう。私にとっては,あるいは隠岐にとっても夢のような出来事で,一つの役目を果たし終えたという気がする。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

T.Tango

Author:T.Tango
 丹後 亜興 (隠岐郡海士町)
   tttt@tx.miracle.ne.jp
 
 フィールドは隠岐に限られますが植物歴40数年。ブログの目的は「植物を調べている隠岐の人」への情報提供です。しかし外部の方の参考にもなるよう,汎用性のある記述を心がけます。
 地元密着型の軽めの記事(日記)も,「隠岐版」と断って混ぜることにします。
 質問や地元の植物ニュースは歓迎です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Access Counter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR