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 コバノカナワラビ Arachniodes sporadosora

「やっと分って来た」という気になったので,その事を書いておきたい。本種を初めて知ったのは,まだシダを始めて間もない頃。静岡大の志村義雄教授から直接教わった。もうそれから40年近くになる。「今一つハッキリしない」という不十分感をずっと引きずって来た。長い間何をしていたんだと言われそうだ。原因は以下のような事ではないかと思われる。

 【言い訳】
(1) 初めて出会った個体がやや特別な形なのに,それが典型的でそうでなければならないと思い込んでしまった。最下羽片の下側小羽片が大きくカーブして斜上,羽片が幅広くふっくらとした卵形に見える型である。実は,これにピッタリのものをその後見ていない。最初に抱いたイメージが多少ズレていて,それにこだわり過ぎたようだ。第一印象恐るべし。

(2) 当時シダの参考書と言えば,保育社の田川図鑑がほとんど唯一のもので,葉形の変化の実態が定かではない。しかも,志村先生からは「中間形もあって “ホソバ” との区別が厄介。 “ホソコバ” というのもある」と聞かされていた。最初から, “難しい・無理そう” という思い込みの支配下にあったことになる。しかも,当時は「ホソコバカナワラビが何なのか」分るはずもない。現在でも情報が乏しいのだから。

(3) そして,隠岐には本種が非常に少ない。志村先生の採集は “美田谷(西ノ島)” だったが,それ以外の記録は山本広氏の “焼火山(西ノ島)” と杉村先生の “加茂(西郷)” の2例しかない。他の人達は誰も見ていない。自分の場合も,数年置きにやっと1-2株出会う程度。よく知ろうにも目にする機会が少な過ぎた。

もちろん,自宅の庭に植えたりしてまじめに調べた積りであるが,何しろ普段ほとんど見ないのですぐに印象が薄れてしまう。今回は十分な量のある産地を発見して,一度に数多く見ることができた。他のシダでも経験があるが,数多くの個体を何度も見ているうちに,自然に違いが分ってしまうものだ。言葉による区別ではなく, “感覚” として。1回や2回でダメな時は100回見ればよい。

もう大丈夫とホッとしているが,思えば長い付合いだ。相手が女性なら “腐れ縁” と言うべきところか。本種に対しては,良かった良かったとなでてやりたい気分である。

 【同 定】
ホソバカナワラビ A. exilis との区別だけが問題であろう。隠岐には他に紛らわしいものはない。オニカナワラビ A. caudata は勉強すれば大丈夫と思う。これも数は少ないが,あまり悩んだことはない。

(a) 最下羽片の下側第1小羽片
 ・ホソバ …… これだけが極端に長い。第2(-3)小羽片も多少伸びることもあるが,精々第1の半長程度。
 ・コバ  …… 第1小羽片から徐々になだらかに短くなる。第1・第2間で多少くびれることもあるが,長さに大差はなく, “第1のみ” が大きく突出することはない。

(b) 葉の先端
 ・ホソバ …… 突然羽片が極端に短くなり,葉先に細長い “頂羽片” が付いているように見える。
 ・コバ  …… 徐々に細くなり,とても頂羽片状には見えない。ややくびれる感じになっても, “突然細く” ではない。

(c) 根茎
 ※ これも重要な特徴である(特にホソバカナワラビの)。堀上げなくても,手を突っ込んで引っ張れば簡単に抜けてくる。手が汚れるが,是非一度はやってみたい。
 ・ホソバ …… 1m近くは平気で横に伸び,葉(葉柄)は数cm置きに疎らに並んで出る。
 ・コバ  …… 太くてやや斜上,ごつごつした固まりの感じ。葉は株状に混み合って出る。

(d) 羽片の印象
 ・ホソバ …… 細くて長~く “線” の感じ。
 ・コバ  …… 長三角形状で,下方がハッキリ幅広い。

 【分 布】
隠岐で確認した4種(ホソバ・コバ・オニ・オオ)の中では。本種が最も寒さに弱いようだ。日本海側は島根半島まで,太平洋側では房総半島までに多く,そこから北では急に少なくなる。栃木・群馬県境に例外的な産地があるが,隠岐も緯度的にはほとんど変らない。

北限産地と考えてよく,個体数が少ないのは無理もない。今回見付けた産地は,焼火山(西ノ島)南麓の谷筋で,隠岐で最も暖かそうな場所である。近くの沢にはヌカボシクリハランやヤノネシダも自生する。いずれも北限で隠岐ではここにしかない。

 【雑 種】
“同定” の項で書いた通り,純粋種についてはホソバとコバの差は明瞭である。しかし,カナワラビ類は「雑種を作りやすい」と言われており,今回も微妙な型に数例出会った。ソーラス(胞子嚢群)が小さく萎縮していて,胞子もほとんど飛んでいない。これが雑種の,ホソコバカナワラビ A. × neointermedia (コバノカナワラビ × ホソバカナワラビ)に違いない。

両親種が混生している場所があれば探してみるとよい。前記 (a)~(d) で,どちらとも言えない中間型であれば雑種の可能性が高い。ただし,確定するにはソーラスが熟していることが必要である。

この雑種を,コウラカナワラビ A. × clivorum としている文献もあるが,現在はコウラカナワラビはツルダカナワラビ A. japonica が関係する別の雑種とされている。ツルダカナワラビは隠岐にはあり得ない。

 【シンガメオン】
以下に『カナワラビ属の種分化,特にシンガメオン構造に関する細胞学的・分子遺伝学的解明』(高宮正之 2001~2002)の “研究概要” を転記する。“何故複雑になるか” の解説になっている。

シンガメオン構造(syngameon)とは,複数の種が複雑に交雑し合い(雑種×雑種,雑種×親),しかも雑種が稔性を失わない種群に対して言う言葉。一時カシワとミズナラの雑種(隠岐には多く,モンゴリナラだとされていた)を調べたことがあるが,これがまさにシンガメオンだという。限りなくカシワに近いものから,ミズナラそっくりなものまで連続的に出て来た。当然,母種(両親)と区別不能のものも混じる。

イタチシダやベニシダ類,あるいはイラクサ科のヤブマオ類など,無融合生殖でクローン的に増える超難解な連中を思い出す。これらもシンガメオンであった時代があったのではないか?そうでないと遺伝的多様性が生まれない。或は今も,有性生殖をすることがあるのかもしれない。

幸いシダの場合は,胞子という手掛りがある。シケシダ類同様,まず “雑種かどうか” を確かめてから同定に取りかかるべきだ。隠岐には “種” が少ないので,両親の推定は何とかなりそうな気がする。何もびびることはない。

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 日本産カナワラビ属Arachniodesにおいて種の分化様式について調べるため、二倍体(2n=82)の「種」と「推定雑種」について検討した。
 「種」では減数第一分裂時に正確な41個の二価染色体を形成し、正常な胞子が形成された。胞子の発芽率は、約80〜90%と高かった。
 推定雑種のうち5種では二価染色体が37〜41個と形成率が異常に高かった。これらの胞子の発芽率も20〜50%と高かった。これより、カナワラビ属の推定二倍体雑種の多くは次世代を形成する能力があることが確かめられた。
 稔性を持つ雑種を含む組み合わせから、ホソバカナワラビ、コバノカナワラビ、両者の推定雑種のホソコバカナワラビについて検討した。1種のみから構成される純粋集団を比較した場合、2種の形態は量的形質で明確に区別できた。アロザイム多型分析から、コバノカナワラビとホソバカナワラビの種間の遺伝的距離I=0.7680であり、温帯のシダ植物としては高く、形態的分化に比べて遺伝的分化が低いことが分かった。
 両種が混生する集団からランダムに採集した個体で、形態の量的測定、核マーカーとしてアロザイム分析、葉緑体マーカーとしてtrnW-trnPの遺伝子間領域を用いたSSCP分析を行なった。その結果、形態的に両種の中問を示すものには単純なF_1のみでは無くF_2が存在することが確認できた。
 他の種の組み合わせによる推定中間雑種でも高い稔性を持つことより、カナワラビ属では属全体でシンガメオン構造を持つことがシダ植物として初めて示唆された。
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T.Tango

Author:T.Tango
 丹後 亜興 (隠岐郡海士町)
   tttt@tx.miracle.ne.jp
 
 フィールドは隠岐に限られますが植物歴40数年。ブログの目的は「植物を調べている隠岐の人」への情報提供です。しかし外部の方の参考にもなるよう,汎用性のある記述を心がけます。
 地元密着型の軽めの記事(日記)も,「隠岐版」と断って混ぜることにします。
 質問や地元の植物ニュースは歓迎です。

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