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 ヤナギイボタ Ligustrum salicinum

隠岐の注目種の一つであるが,あまり重要視されていないと思う。その特異な分布をはっきりさせておきたい。確実に隠岐は,本種の北限自生地である。

 【 イボタノキ属
イボタノキ属で隠岐に自生するのは次の5種。これは島根県本土側でも同一。隣接する岡山県・広島県でも変らず。山口県のみオオバイボタ L. ovalifolium が加わる(ごく稀)。鳥取県の状況は不明。
 1. ネズミモチ L. japonicum  ----- 日本の
 2. ヤナギイボタ L. salicinum  ----- Salix(ヤナギ)似た
 3. ミヤマイボタ L. tschonoskii ----- 人名(須川長之助)
 4. サイコクイボタ L. ibota   ----- いぼた(水蝋樹)
 5. イボタノキ L. obtusifolium  ----- 葉先が鈍形
   ※ ネズミモチ類は常緑なので節(Section)を分けることもあるが,
    他のものも “半常緑” になったりしてすっきりしない。

この中の “ 4.サイコクイボタ” は丸山巌氏の目録による(杉村喜則氏のリストにはない)。自分ではまだ確認できておらず,それらしいものに出会ったこともない。ただ,岡山県の地識恵さん(樹木に詳しい)から頂いたメールに次の一文があった。
 「大満寺山の山頂に近い場所で、気になって採集したものの調べてもわからないものがあります。サイゴクイボタなどと生育していたと思いますが、・・・」
島根県にサイコクイボタはあるか?う~ん,可能性はある。なお,「わからないもの」はヤナギイボタのことだった。如何に岡山では少ないかが分る。

分布は兵庫県以西,中国山地に沿って岡山・広島・山口と稀産。分布も重要性もヤナギイボタに似ている。本気で捜す必要がある。高い場所のやせ地,花は少数(花序が小さい)で下向きに咲く。

また “ 3.ミヤマイボタ” は最近気付いたもので,大満寺や鷲ヶ峯の山頂付近には確かにある。ただ,これもイボタノキとの区別が多少厄介。一目で見分ける域にはまだ達していないので,同定の詳細は他日に延期する。

1.ネズミモチ” と “ 5.イボタノキ” はごく普通にあって,これを知らない人はまずいない。自分も子供の頃から知っていた。共に鼠の糞そっくりの大きな実がなる。ネズミモチは林内で,イボタノキは “薮” の構成種。

隠岐では,ネズミモチは “ヒトツバ” ,イボタノキは “トスベリノキ” と言う。ネズミモチは鍬など農具の柄や太鼓の撥に使った(材が粘くて折れない)。イボタノキはイボタロウムシの蝋を “戸滑り(敷居に塗る)” に使うので,折って持帰ったものである。切傷に塗ってもよいと聞いた。なお,「トスベリ」という方言名は,山形県と静岡県の一部でも採録されている。

 【 2.ヤナギイボタ
そしていよいよヤナギイボタ。昔,西ノ島の山中で木村康信先生に教わったのが最初である。その後自分でもきちんと同定した記憶はあるが,何がどうであったのか細部は覚えていない。身の回りに幾らでもあってしかも「見れば分る」,こういうものを「詳しく調べる」事は簡単ではない。そもそも,そういう気になれないので。よって,分類・生態については省略。同定を間違える心配もないが,隠岐では同じモクセイ科のハシドイ Syringa reticulata に注意した方がよいかもしれない。ヤナギイボタの葉が馬鹿でかいタイプとちょっと似ている。

分布は“大井植物誌”以来,
 「本州(近畿地方以西)・九州・朝鮮(南部)」
となっていた。

平凡社図鑑(村田 源,1989)で
 これに「四国」が追加され,
現在の定説になっているようだ。

最新の“Flora of Japan(S. Noshiro, 1993)”も同じで
 「本州(滋賀県以西),四国,九州,韓国最南部(済州島)
である。

 【 近畿
これでいいのだが,わざわざ「滋賀県以西」とあるのが気になって,近畿地方の状況を調べることにした。驚いたことに『滋賀県植物誌(北村四郎,1968)』に記録がない。『大阪府植物目録(近畿植物同好会,1990)』にも出て来ない。Web上の『京都府自然環境目録(種子植物)』にも現れない。

更に,近畿7府県(兵庫~三重)の京大所蔵標本に基づく『近畿地方植物誌(村田源,2004)』にも全く記載がない。近畿にあったにしても超稀産に違いないと,『レッドデータブック近畿2001』を見たが,これにも載っていない。そして,滋賀県はもとより他の府県のレッドデータブックにも登場しない。奇妙な話である。どう考えればいいのか…。

 【 四国
それでは,後で付け加わった「四国」は何処のことだろう?四国各県の植物誌に当ってみたが「香川・徳島・高知」3県には記録がない。愛媛県のホームページにある『愛媛県産野生動植物目録』にも含まれていない。訳が分らなくなって来た。

次は本当に “ある” 地方。
 【 中国
 島根: 〔準絶滅危惧〕 隠岐ほど多くはないようだが,出雲に複数の産地がある。
 鳥取: 鳥取県立博物館の所蔵標本にはない。
 岡山: 〔準絶滅危惧〕 「主として岡山県中部以北の石灰岩地に自生し、希である。産地が局限している上に、開発などによる個体群の存続が懸念される。」
 広島: 「吉備高原面の渓谷に稀に分布。個体数が少ない。」(広島県植物誌,1997)
 山口: 〔絶滅危惧Ⅰ類〕 「県内では美東町から知られる。生育地が限定されており、個体数も少ない。」

 【 九州
福岡・宮崎・鹿児島県はレッドデータブック。他は各県の植物誌による。
 福岡: 〔絶滅危惧Ⅰ類〕 「英彦山地や古処山地・・・」
 大分: 「やや普通」
 佐賀: なし
 長崎: なし
 熊本: 「稀」
 宮崎: 〔絶滅危惧Ⅰ類〕
 鹿児島: 〔絶滅危惧Ⅰ類〕
 沖縄: なし

何ともはや,やや普通にある県は「島根県と大分県だけ」という雰囲気である。

『日本の樹木(初島住彦,1976)』には,
 「本州(中国)・九州(中部以北の石灰岩地帯),屋久島?,済州島。」
となっていて,さすが樹木学者!(鹿児島大)と思った。

『新日本樹木総検索誌(杉本順一,1978)』は,
 「本州(中国)・隠岐・九州・種子島・屋久島・済州島」
と,「隠岐」が出ている唯一の文献。何処かに隠岐の標本があるのだろうか?この検索誌シリーズは,離島(隠岐)と本土(島根県)を分けて考える方針が一貫している。

本州(中国)・九州,済州島」が正解という気がして来た。そういうイメージで行こう。不思議な分布である。韓国済州島にあって,対馬や長崎県にないのも変。

なお,ヤナギイボタは中井猛之進博士が,済州島の標本をタイプに “1918年” に記載したものである。採集は「フォーリー氏」のようである。コケ(蘚苔類)をやるとよく出て来る名前だが,時代は明治。 “超人” だと思う。

その後 “1925年” ,小泉源一博士が熊本県の標本をタイプに,ハナイボタ L. mayebaranum を記載した。その記載文で唯一引用されているのが,「隠岐の島,大満寺山,1924年7月4日」の標本である。これは博士ご自身が隠岐で採集されたものか?

やがて,ハナイボタはヤナギイボタの異名(同一種)ということになったが,ヤナギイボタと隠岐は奇妙な縁があると言える。1925年(大正15年)発行の『植物学雑誌』に,「Japonia : Nippon, insula Okinoshima, mt. Daimanjisan」を見付けて緊張してしまった。

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※ 以下はウェブ上にあった,『広報あおもり』1999年10月15日号の掲載記事。

  フォーリー神父は1847年にフランスで生まれ、明治6年(1873年)に宣教師として日本にやってきました。
  明治16年、青森県、北海道の正式巡回教師となったフォーリーは各地に教会を設立しました。県内では、弘前、青森、三本木、八戸教会などで基礎を開き、明治29年には青森教会の主管者となり、以来、大正4年に永眠するまでの間、その職にありました。

フォーリー神父
    ▲青森市発行「目で見る青森の歴史」より
  フォーリーは、偉大な宗教家であっただけではなく、植物学者でもありました。特に植物採集家としては世界的に有名で、青森県、北海道はもとより、北はサハリン、南は台湾におよび、西は朝鮮半島、中国東北部から東は遠くハワイにまで、植物採集をしながら歩き回りました。
  あるとき、採集に一生懸命になっているうちに日が暮れてしまい、フォーリーは皮バンドで自分の体を木の上にしばりつけ、一夜を過ごしてしまいました。ところが、その翌朝、山に柴刈りに来た村人がこのようすを見つけ、「異人さんが木の上でしばられて死んでいる。」と村の人たちに知らせたため、大騒ぎになったというエピソードがあります。
  フォーリー神父の採集した植物の標本のなかで、新種と鑑定発表された約700種のうち、顕花植物(種子植物)と蘚類(スギゴケ・ミズゴケなど)が各200種、地衣類は100種を数えています。その中には「フォーリーガヤ」や「フォーリーアザミ」など、学名にフォーリーの名前が付いている植物もたくさん存在しています。
  このように、明治のころの青森における植物研究は、主に外国の人によって行われていて、フォーリー神父のおかげで、青森の名が海外にも知られるようになりました。
  フォーリー神父の死後、青森浜町教会(現カトリック本町教会)に収蔵してあった貴重な植物標本類は、京都帝国大学に寄贈されました。それは、当時、京都帝国大学理科大学生物学教室開設設計顧問だった郡場寛さん(後に弘前大学学長)や青森師範学校の木梨延太郎さんなどの尽力によるものでした。
    【自然部会執筆編集員 原子一男】

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T.Tango

Author:T.Tango
 丹後 亜興 (隠岐郡海士町)
   tttt@tx.miracle.ne.jp
 
 フィールドは隠岐に限られますが植物歴40数年。ブログの目的は「植物を調べている隠岐の人」への情報提供です。しかし外部の方の参考にもなるよう,汎用性のある記述を心がけます。
 地元密着型の軽めの記事(日記)も,「隠岐版」と断って混ぜることにします。
 質問や地元の植物ニュースは歓迎です。

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